甘い恋じゃなかった。
「そういえば今日、明里ちゃんは何してるの?」
急に師匠がアイツの名前を出したので、不意を突かれた俺の手からボウルが滑り落ちた。
ガコン!と大きな音を立てて流しの中に落ちる。
「どうしたのキララくん」
「…何でもないです」
違う。これは違う。
俺は断じて動揺なんてしていない。
「アイツが何してるかなんて知りませんよ。いちいち行動なんて把握してないし」
極めて平静に答えると、師匠が不思議そうに首をひねった。
「何怒ってるの?キララくん」
「っ」
“何でそんなに怒ってるんですか!?”
「怒ってね…ませんよ!」
つい、頭の中に現れたアイツに怒鳴りそうになってしまった。危ない危ない。
そんな俺をますます不思議そうに見つめる師匠。
「キララくん…何をそんなにムキになってるの?」
「なってませんよ、ムキになんて」
ムキになる?俺が?なぜ?何に対して?
「…意味分かりませんから」
そう、意味が分からないんだ。
どうしてこんなにイライラしてるのか。
俺がおかしいことには気付いている。
だけどその理由が分からない。
…いや、理由なんてあるはずがない。