甘い恋じゃなかった。
「…君何か勘違いしてない?」
そう言うと、牛奥は少しだけ目を大きく見開いて、次の瞬間には深いため息を吐き出した。
「なんなんスか、桐原さんも鈍いんすか」
「はぁ?言っとくがな、パティシエにとって鋭い感性は命だ。そんな俺が鈍いなんてこと…」
「お姉さんのこと忘れられたんですか」
不意をつかれた。
思わず言葉を失った俺に、牛奥は続ける。
「まだ完全には忘れられてないんでしょう、お姉さんのこと。そりゃそうですよね、一度は結婚まで考えた人なんだから」
「…お前」
「だったら」
牛奥が強く、俺を見据える。
「離れて下さい、小鳥遊から。
あなたの存在は、小鳥遊を傷つける」
「………」
なんで。
何で何も言えねぇんだよ俺。
黙ったままの俺を見て、牛奥はカバンを手に取った。
「…話はそれだけです。
それじゃ、失礼しました」
カランコロン、と呑気な鈴の音と共にドアが閉まる。
「あれ、帰っちゃったの?」
その時、一足遅くカレーを持った師匠が厨房から出てきた。
「カレー食べてないのに」
「…コーヒーすら飲んでいきませんでしたよ」
ほんと何しに来たんだアイツ。
わざわざあんなこと言うために来たのかよ。
…暇で、バカな奴。