甘い恋じゃなかった。
「…お前は本当、相変わらずバカみたいに美味そうな顔して食うよな。バカみたいに」
「バカみたいにを連呼しないでくれます?
バカみたいに美味しいんだから仕方ないじゃないですか!」
桐原さんにそう言い返しながら出来るだけゆっくり、じっくりとモンブランを味わう。
「…お前に会うまで忘れてたけどな、俺は」
「え?何がですか?」
「ホテルにいた頃はテクニックが全てだと思ってた。いかにハイレベルなテクニックで、物珍しいケーキを作んのか。それが全てだと思ってた」
ホテルというのは前に働いていた所のことだろう。桐原さんが自分のことを話してくれることはあまりないので、私は思わず手を止める。
「…ホテルの厨房にいた頃は客の顔なんて見れなかったしな」
「あぁ、まぁ、そうですよね」
「だからお前とはじめて会ったとき、お前がバカみたいに喜んで、アホみたいな顔で俺のケーキ食べてんの見たとき…すげー、珍しいもんみたと思ったな」
「…ちょっと、人を珍獣みたいに言わないでくれます?」
桐原さんの言葉のチョイスにはいちいち悪意が垣間見える。
ふ、と笑った桐原さんが、私の頭を小突いた。
「怒んなよ、これでも…
感謝してるよ」
「…え」
「お前のおかげでケーキは人を幸せに出来るもんだって、思い出した」