甘い恋じゃなかった。



いくらもう栞里に気持ちがないとはいえ、実際に出会ってしまったらもっと取り乱してしまうんじゃないかと思っていた。





一年半前。




栞里に捨てられ、俺はケーキが作れなくなった。


それまで溢れるように湧いて出ていたケーキのアイディアが突然何も浮かばなくなった。真っ暗で、何も見えなくなった。


またそうなってしまうんじゃないかと思ってたけど、俺は驚くほど平常心でいられた。そりゃ会ったときはかなり驚いたし、動揺もしたけど。



でも俺の日常には、変わらずアイツがいて、ケーキを作る場所がある。




「これが完成図?」



栞里が作業台の上にあったノートに気付いた。


「あー…まぁな」

「ふーん。なんか楽しそうなケーキだね」

「…別に。食わす予定の奴が喜びそうなモンにしただけ」



ふっと栞里が顔を上げた。驚いたように、その大きな瞳をみはる。



「きぃくん、やっぱり何か変わったね」


「そうか?」


「変えたのは、明里?」


「…さぁな。ただ思い出した」



アイツと出会って。


何のためにケーキ作んのか。
何でケーキを作り始めたのか。



『すっごく美味しい!桐原さん…天才!?』



アイツのバカっぽい笑顔見て、そういうの思い出したんだ。




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