甘い恋じゃなかった。
「…私がいなくなってから…色々あったんだね」
栞里が真っすぐに俺を見た。
そして次の瞬間には、勢いよく頭を下げる。
「きぃくん、ごめん。本当にごめんなさい。
謝って済むことじゃないのは分かってる。でも私…あの頃すごく不安だった」
頭を下げ続けたまま、栞里が小さな声で話し始める。
「きぃくんは毎日仕事に夢中で、私は全然愛されてる実感が持てなくて、いつもいつも不安だった。結婚の約束したってずっと不安で、でも私はそれをどうしても言えなくて、このまま一生この不安の中生きていくのかと思ったら…
すごく怖くなった」
俺が知っていた栞里は。
いつも堂々としていて、笑顔で明るくて、自由な女だった。
でも今、そう話す栞里はとても小さく見えて。
…俺は一体、あの頃、栞里の何を見ていたんだろうか。
「結婚した奴は…その不安の中から救い出してくれた奴、なのか」
驚いたように栞里が顔を上げた。
栞里が結婚したことは、アイツから聞いていた。
栞里がゆっくりと頷く。
「…うん」
「…そっか」
俺も本当は気付いていた。栞里が不安がっていることに。傍にいた、男の存在にも。
でも大丈夫だろうと高を括っていた。
栞里は俺から離れていかないって思いあがっていたんだ。
安心すら、栞里に与えてやれないくせに。