甘い恋じゃなかった。



「…私がいなくなってから…色々あったんだね」


栞里が真っすぐに俺を見た。

そして次の瞬間には、勢いよく頭を下げる。


「きぃくん、ごめん。本当にごめんなさい。
謝って済むことじゃないのは分かってる。でも私…あの頃すごく不安だった」


頭を下げ続けたまま、栞里が小さな声で話し始める。


「きぃくんは毎日仕事に夢中で、私は全然愛されてる実感が持てなくて、いつもいつも不安だった。結婚の約束したってずっと不安で、でも私はそれをどうしても言えなくて、このまま一生この不安の中生きていくのかと思ったら…

すごく怖くなった」



俺が知っていた栞里は。

いつも堂々としていて、笑顔で明るくて、自由な女だった。


でも今、そう話す栞里はとても小さく見えて。



…俺は一体、あの頃、栞里の何を見ていたんだろうか。




「結婚した奴は…その不安の中から救い出してくれた奴、なのか」



驚いたように栞里が顔を上げた。


栞里が結婚したことは、アイツから聞いていた。


栞里がゆっくりと頷く。



「…うん」


「…そっか」



俺も本当は気付いていた。栞里が不安がっていることに。傍にいた、男の存在にも。


でも大丈夫だろうと高を括っていた。

栞里は俺から離れていかないって思いあがっていたんだ。


安心すら、栞里に与えてやれないくせに。



< 355 / 381 >

この作品をシェア

pagetop