何度でもあなたをつかまえる
でも、今回は……かほりのほうが分が悪い。

りう子という女性は、正真正銘、雅人の妻だ。

それを知っていて雅人と一夜を共にしたかほりのほうが、逆に訴えられてもおかしくない立場だ。


かほりは、ため息をついて、雅人の綺麗な横顔を眺めた。


新幹線に乗れたのは14時を過ぎていた。

雅人は、かほりが持ってきた古い楽譜のコピーに興味を示した。

暢気に譜読みをしてる雅人の肩に、そっと頭を預ける。

「眠い?起こしてあげるからさ、寝てていいよ。」

「……うん。ありがと。」

雅人の言葉に導かれるように、かほりは目を閉じた。


この温もりを……名実共に、私だけのものにしたい。

今まで、結婚なんて、漠然としか考えてなかった。

既に社会的地位のある男性との縁談は降るように持ち込まれている。

でも、それらの全てを断わり続けて……いずれは、雅人と……と、ぐらいにしか思ってなかった。

まさか先を越されるなんて……迂闊だったわ。

考えなきゃ。

これからのこと。

2人がちゃんと一緒にいられるように……。


いずれ……なんて、もう悠長なこと、言ってられない。

役所に行ったら、離婚届だけじゃなくて、婚姻届ももらってこよう。

ケルンに戻って、4月からの夏ゼメスターを受けるかどうかは、まだ決めかねているけれど……2年間の留学を全うすることより、今は……雅人のそばにいたい。

雅人がいれば、何もいらない。


「結婚……しよ……。」

混沌とする意識の中、無意識なのか、計算なのか、寝言なのか……、かほりはそう呟いていた。

雅人には聞こえなかったのか……聞こえたけれど返事できないのか……答えはなかった。


ただ、それまで機嫌良さげだった鼻歌が、ぴたりと止まった。


……困ってる?

雅人の肩が、少し揺れたけれど、かほりは目を開けることができなかった。

拒絶されたとは思わない。

でも、かほりとの結婚に乗り気なようにも見えない。

……ずっと、雅人がかほりとは不釣り合いだと思っていることは、よくわかってる。

いや。

それ以前に、雅人が今現在の婚姻関係を解消すると明言したわけでもない。

優柔不断な雅人のこと。

自ら率先して離婚の手続きを進めるとは思えない。

前途多難だわ。


とにかく、お膳立てが必要だ。

雅人は、自らの意志を貫くというより、成り行きに身を任せる傾向がある。

私が、がんばらなきゃ。


決意を新たにしたかほりの眉間に縦皺が寄るのを見て、雅人はそっと指で撫でた。

「……離婚する。待ってて。……ごめんな。」


声にならない囁きに、かほりの閉じた目尻に涙がにじんだ。



第2章 了



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