何度でもあなたをつかまえる
appassionato
appassionato~熱情的に、激情的に
(アパッシオナート)

*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜・*♪*.♪。★*・゜



その日、滝沢りう子はいくつもの決断を迫られた。



実家の母からの電話で叩き起こされると、朝っぱらから挙式の催促を受けた。

何度説明しても、古い慣習が今なお生きる古都に住む母には、入籍と家族への扮装写真の挨拶状だけで結婚を済ませることが信じられないようだ。

「結納も結婚式も披露宴もなしなんて……。」

「だから、何度も説明してるやんか。相手は芸能人なの。私は事務所の商品に手を出してしまったの。ほんまは結婚とか絶対しちゃいけないの。……なのに、入籍してくれたんよ?それだけで充分やと思って!ってば!」

最後は声が大きくなってしまった。


……苛立ちは、善良な老いた母に対してじゃない……夫となった尾崎に対してでもない……むしろ、尾崎は尾崎なりに誠実だったと思う。

りう子が苛立つのは、自分自身に対してだけ。


どうして、すぐに中絶すると決断して結婚を拒絶しなかったのだろうか。

いや、それ以前に、どうしてあの夜……酔っていたとはいえ、尾崎と寝てしまったのだろうか。

もっと言えば、どうして、私はいい歳をして処女だったの!?

初めてを、いかにも軽い歳下の男、それも、大事な商品に捧げるとか、もう……後悔以外の何も残らない。



そもそも、りう子は大手芸能プロダクションを辞めてまで、IDEAを成功に導くために奮闘している最中なのだ。

メンバーがスキャンダルを起こさないか監視・管理しなきゃいけない立場なのに……まさか、自分がこんなことをしでかしてしまうなんて……。


根が真面目なりう子は、酔いが醒めると自己嫌悪でいっぱいになり、落ち込んだ。

でも、りう子とは対照的に、一夜を共にしても尾崎の態度は全く変わらなかった。

いつも通り明るく飄々としていて、りう子に対して、馴れ馴れしくも、よそよそしくもならなかった。

内心、本気でホッとした。


暗黙の了解で、なかったことにできる……はずだった……。

< 70 / 234 >

この作品をシェア

pagetop