溶ける部屋
目の前の光景が信じられなくて、この場に立っている事もやっとだった。


「トシ……だよね?」


伶香が震える声で言った。


確かに、あれはトシだった。


体はドロドロに溶けて形を失っているけれど、半分だけ残っているあの顔は、間違いなくトシだ。


「なんで? どうなってるの?」


郁美が混乱したように呟く。


そんな事、あたしが聞きたい。


部屋の中のトシが顔をこちらへ向けて、口を動かしている。


あたしたちに何かを伝えたいのかもしれない。


でも、近づく事ができなかった。


足がすくんで、一歩も前に進まない。


「俺が聞いてくる」


健がグッと拳を握りしめて、部屋に足を踏み入れた。


思わずその背中に手を伸ばす。


やめて!


そう言いたいのに、恐怖で声がでなかった。


健はあたしの手を優しく離すとトシの隣に座った。


「お……思い出し……」


トシが声を振りしぼる。


喉から空気が抜けてヒューヒューと音が聞こえて来る。


「思い出す? 何をだ?」


健が聞く。


「マ……」


トシの口がパクパクと動く。


その口の中から数本の歯が抜け落ちて健の隣に転がった。


「……マ……」


残っていた半分の顔がドロリと溶け落ちて、トシはピクリとも動かなくなったのだった……。
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