オオカミ専務との秘めごと


楢崎さんが指差した先に、段ボール箱が三つある。

中身ははがき大のアンケート用紙で、三ヶ月に一度送られてくるものだ。

毎回量の多さに辟易するけれど、今日は金曜日だから一週間あれば余裕で出来る。


「はい、大丈夫です」

「じゃあ、よろしく」


そう言って挙げた左手の薬指にプラチナの指輪が光って、ちょっと複雑な気持ちになる。

楢崎さんは三ヶ月前に結婚したばかりの新婚さん。

まだ新入社員だった頃に優しく指導してくれて、こんな人が恋人だったらなって密かに恋心を抱いていた人だ。

気持ちを伝える前に、見事な失恋をしてしまった。

この失恋も、佐奈は知らない。


課長に頼まれた資料作成が終わり、段ボールに手を伸ばす。

三つ分にぎっしり入ったアンケートは、全国にあるオーガニックレストラン『ハイルング』のテーブルに設置されているものだ。

「ハイルング」とはドイツ語で癒しの意味があり、日本語のお客様が「入る」とかけて名付けられたと、入社式の社長スピーチで聞いた。

いい名前だろう?と訊かれて、新入社員全員で返事をした覚えがある。


まず、段ボール箱を開いて中身を出して整理することから始める。

白紙が交じっていることもあるから、それをよけて百枚ごとの束にするのだ。

これを最初にしておくかしないかで、仕事の効率がまったく違ってくる。

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