オオカミ専務との秘めごと

「うん、ちょっと去年のものが必要になったの」

「はい、行ってらっしゃい」


パソコンを凝視したまま上の空な感じで、手をひらひらと振る彼女に「行ってきます」と声をかけて営業部から出る。

廊下を歩く足取りが重くなる。

だって書庫といったら、長谷部さんのキス事件を思い出してしまう、苦手な場所だから。

今日は誰もいないといいけれど・・・。

書庫の中は耳を澄ませてみてもシーンとしていて、今日は誰もいないようだ。

胸をなでおろして一課の棚まで行き、データのおさめられたファイル探しをしていると、誰かが入ってくる気配がした。

足音からして一人のよう。


「あれ?キミも資料探し?」


耳にした瞬間に天井を仰ぎたくなるこの声は、長谷部さんだ。

どうしてこの人は、素通りせずに話しかけるんだろうか。


「はい、ちょっと必要になりまして」


エレベーターの中での一件を思い出してしまい、心持ち身構えていると、あろうことか近づいてきた。


「ちょ、私に、何か用ですか?」

「キミさあ、俺のこと嫌いだよね?」

「いえ、特にそういうわけでは、ないですが・・・」


はっきり苦手と言えずに曖昧に答えると、長谷部さんは棚にトンと手をついた。


「へえ・・・じゃあさ、ちょっと今夜付き合ってくれない?」


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