あの春、君と出逢ったこと
『翠は快斗君にあげるのー?』
クッキーの型を洗いながらそう言うと、私の言葉を無視して湯煎に没頭し始めた翠に、ニヤリと口角を上げる。
『そっか、そっか。
翠はちゃんと快斗君にあげるんだね!』
1人で納得してそう言った私に、翠が驚いたように手を止めて私を見てくる。
『何でわかったのよ?』
『照れちゃって。可愛い‼︎』
翠の質問には答えずそう言ってからかうと、顔を赤らめた翠が私を睨みつける。
『そんな顔で睨みつけられても、怖くないけどなー』
それを無視してそう言うと、何か言おうとした翠が、途中でやめて、顔を逸らす。
『素直に言えば良いのに』
『栞莉にだけは言われたくないわね』
私の言葉に、いつもより少し低い声で答えた翠に笑みを浮かべながら、クッキーの生地を作る。
『私も、翠には言われたく……げっ』
私の言葉が止まったのと、グジャっという音が聞こえたのはほぼ同時で。
翠が私の方を見て眉間にしわを寄せる。
『……悲惨ね』
『いつもは綺麗に割れるんだけど……』
クッキーの生地の材料である卵が、ボウルの中で無残な姿になっているのを見て、思わず溜め息をつく。