クールな御曹司と溺愛マリアージュ
「あの、忙しいのに本当にわざわざありがとうございました。拓海さんや成瀬君にもお伝え下さい」

「ああ、分った。しっかり治せよ。それと……」


ジャケットを羽織った佐伯さんは、言葉を詰まらせて私に視線を向けた。

「……?」

「昨日は……ありがとう」

「えっ?昨日?」

なにかお礼を言われることをしたっけと、頭の中で考えた。


「この会社が好きだと言ってくれたことだ。ワームの力を借りて会社を設立したことが、ずっと心の片隅でくすぶっていたんだ」


昨日の佐伯さんの話し……。いつも自信に満ち溢れていて、とても強い人だと思っていた佐伯さんの弱音は、意外だった。


「でも、お前が言ってくれた言葉は、思った以上に響いた。このおかゆは、そのお礼だ」


佐伯さんは照れたように俯き、鞄を手に持って私に背を向けた。


「じゃー、俺は会社に戻る」


見送ろうと体を起こすと、「余計なことはするな」といつものように冷静に阻止されてしまい、渋々そのままベッドに横になった。


狭い部屋から玄関まではそう遠くはなくて、靴を履く佐伯さんの姿がよく見える。

私の家の玄関に佐伯さんがいるだけで、やっぱり不思議だ。


ジッと見つめていると、靴を履き終わった佐伯さんが振り返り、ドクンと心臓が跳ねる。



「それから、昨日の約束は……延期だ」


それだけ言って、佐伯さんは私の家を後にした。


昨日の約束……延期……。延期!?

中止じゃなくて、延期?ということは、また後日、そういう機会を設けてくれるってことなんだ。

どうしよう……嬉しいよ。


風邪が治ったら仕事頑張ろう。会社の、佐伯さんの力になれるように、資格を取る為の資料も集めなきゃ。


静かになった部屋の中、頭からかぶった布団の中で、私は幸せを噛み締めるかのようにニヤニヤしながらキュッと目を瞑った。







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