クールな御曹司と溺愛マリアージュ
私はそれぞれバラバラに入っているデータを、見やすいようにファイルに分けて整理をしていた。

視線の先には佐伯社長の背中、顔を上げると必ずその白いワイシャツが目に入ってくる。


キーボードの音だけが鳴っている空間で、無言の時を過ごすこと既に三時間以上。


本当は何か話しかけたい気持ちはあるけれど、拓海さんが『仕事の時は余計な会話はしない』と言っていたから、こちらから声を掛けることはなかなか出来ない。


データの整理が終わったところで社長の背中を見つめていると、ずっと動かしていた社長の手が止まったようだった。


ほんのひと言声を掛けたいだけなのに、どうしてこんなにドキドキしてしまうんだろう。



「あ……あの、佐伯社長」

「……ん?」


くるりと椅子を回して振り返っただけで、またドキッと心臓が跳ねる。


「データの整理、終わりました」


メモリーカードを手渡すと、社長の指先が少しだけ触れた。


「ああ、ありがとう」


その目に見つめられると、今まで感じた事のない気持が勝手に押し寄せてくる。あんなに酷いことを言われた相手なのに、どうして……。


でも仕事に生きるって決めたんだから、こんな得体の知れない感情に流されてる場合じゃない。


「なんだ?まだなにかあるのか?」


目を逸らしたいのに逸らすことが出来なくて、何か言わなきゃって思うのに、上手く言葉を探せない。

この戸惑いが伝わるはずがなく、社長はずっと私の目を見つめたままだ。



「社長は、珈琲派ですか?よければ私、入れますけど」


やっと絞りだした言葉がこれだなんて、私はこんなにもボキャブラリーが無かったのか。




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