クールな御曹司と溺愛マリアージュ
「そんなことを気にしてくれたんですか?意外ですね。大丈夫ですよ、私にこだわりがあるように見えますか?」

「いや、見えない」

「ハッキリ言いますね。でも本当にその通りです。こだわりもなければ、髪は女の命だなんて思ってません」


そもそもそう思っているのなら、今の私の髪型がこんなどうしようもなく簡単に済ませているはずがないから。


「私、今凄く期待してます。佐伯さんが紹介してくれる美容院なら、きっと変われるって」

満面の笑みを佐伯さんに向けると、口元を少しだけ緩ませて、俯き加減に視線を逸らした。

服も誉めてくれたんだから、髪型だって少しくらいマシになったと思われたい。こうなったらとことん自分を追求するのみだ。



カンカンと音を鳴らしながら佐伯さんに続いて階段を上ると、ドアの前で一度立ち止まった。


「勘違いするなよ。別に今の髪型がダメだとか、変だと言ってるわけじゃない。どうやら柚原が前を向き始めたようだったから、手助けをしてやりたいと思っただけだ」


体は前を向いたまま、うしろにいる私を気にするように呟いた佐伯さん。

「はい、分かってます」

「ま、地味なのは事実だけどな」


やっぱりひと言余計だけど、また一つ、私は佐伯さんの優しさを受け取った。


中に入ると、美容院独特の香りが鼻に広がる。

真白な壁に一定の間隔で置かれた茶色い椅子、その前には木枠で囲まれた大きな鏡が付いている。

「佐伯さん、お待ちしてました」

入るなり、流れるように綺麗にセットされた髪型の男性が笑顔で近づいてきた。

胸に付いた名札には『stylist河村(かわむら)』と書かれている。


「うちの社員の柚原だ。宜しく頼む」

それだけ言って佐伯さんは、入口近くにあるソファーに腰掛けて雑誌を手に取った。


「スタイリストの河村です。佐伯さんにはいつもお世話になっていて」

「あっ、柚原と申します。あの、今日は宜しくお願い致します」

佐伯さんが離れてしまったことで急に緊張してきた私は、顔を強張らせながら深くお辞儀をした。


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