【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「じゃあ俺は先に行くぜ」

「うん。またあとで」

 ガーラントに質問がある、と部屋に残ったアレスは扉を出ていくカイを見送った。
 いつも呑気なカイであったが、視線が下がり気味なのはやはり慕っている姫君のことが心配なのだろう。

「カイの前では聞きにくい質問じゃったのか?」

 扉が閉まったのを確認したガーラントは再び賢い愛弟子と向き合う。

「はい。質問というのは……姫様の出生についてです」

「ふむ。お主がそう考えるのも予想してなかったわけではない。じゃが……」

 彼の次の言葉が恐らくお咎めであることをアレスもわかっている。悠久の国の生まれではない限り魔法を使える者など存在しておらず、ましてや悠久の国の民であることを誰よりも望んでいるのは王であるキュリオなのだ。
 従って、それらに疑いを向けるということはキュリオの怒りに触れる可能性があるのだ。

「姫様の御髪の色が珍しく、悠久の人間では例のない能力を御持ちだからと……それだけで別世界の者じゃと疑うには条件が少なすぎる」

「え……先生は私の考えは愚かだと、……そう言われるのかと思っておりました」

 意外にもガーラントの返事はアレスを非難する言葉ではないことにアレスは驚いていた。

「確かな結果が出ておるならば疑うことは愚かだと儂も言うたかもしれんが、姫様の出生については不確かなままなのじゃ。そして、その別世界の者である可能性を誰に問う? 恐らくその問いに答えられる者はおらんじゃろうな」

 ここでガーラントはひとつの嘘をついた。たったひとりだけ別世界の存在を認識している人物がおり、手掛かりのヒントがわずかに残されていることをアレスには言わなかったのである。

「そう……ですよね」

(どれだけ疑ったところで答えることができるひとがいないんだ。それに別世界の人間だなんて非現実的過ぎる)

「じゃがな、アレス。キュリオ様もその予想は脳裏を過ったはずじゃ。別世界の者であるとは言い切れぬが、悠久の国の者だと言い切るのも難しいところなのかもしれん」

 だからといってキュリオのアオイへの愛情が薄れることなどないが、深く知識を求めるアレスはその先を突き詰めたい衝動に駆られてしまうかもしれない。

「すまんな。ここまでしか儂にも言えんが、キュリオ様には決して申してはならん。キュリオ様の御心のままに、じゃよ」

「……?
……では、姫様が悠久の民だった場合どんなことが考えられますか?」

 ガーラントらしくない歯切れの悪さにアレスは違和感を覚えたが、それ以上追及することなく別の視点からの質問へと切り替える。

「うむ。それこそ難しい問題じゃな。理論が通用せぬ能力が誕生したのか、能力の欠陥となるか……。
はっきり言えることは、他者のためにしか使えぬ力というのはデメリットが大きいということじゃ」

「……わかりました。ありがとうございました」

(キュリオ様によって封印術が施されたなら、これ以上の追及は難しい。だけど……偶然では片づけることができない二つの御力。他者のみを癒せる力に獣の声を聞くことができる力……。偶然で一度にふたつの力が目覚めた? 姫様は他のものの為に生きる運命のもとにお生まれになったのだろうか――?)

 そんな運命をキュリオも感じてしまったのかもしれない。
 だからこそ深く追求することを避け、封じることにしたのだろう。愛する者のそんな悲しい運命など受け入れられるわけがない。

「結局、……皆カイと同じ意見なのですね」

「そうじゃな……」

 心優しい姫君ならば、そんな能力さえ喜んだかもしれない。
 しかし――

(姫様自身がどう思われるかは……もはやわかるまい)

 部屋にひとり残ったガーラントは、思い悩むように組んだ指へ顎をのせると――

「儂がこれからやろうとしていることはキュリオ様の御意思に反するのじゃろうな……」
 
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