【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「こちらにおいででございましたか」

「…………」

「キュリオ様が姫様を置いて中庭へお出になるとは、よほどのことがおありになったとお見受けいたしますが……お邪魔でしたかな?」

 <大魔導師>ガーラントの言葉にも振り返らないキュリオは、蒼白く輝く欠けた月を見上げながら穏やかな夜風に長い髪を靡かせている。

「……少し考え事をしていた」

「本日、エデン王が二度も見えられたことと関係しておられるようですな……」

 同国の王が一日に何度も顔を見せることなど今まであっただろうか?
 アオイを観察するのが趣味な某国の王は別として、世間話をするにはあまりにも頻度が高すぎる。キュリオの恵まれた能力を考えれば彼を頼る者が後を絶たないのはわかるが、それほどまでに過酷な状況下にある国が存在しているとは思えない。ましてや、エデンと別れてからのキュリオに笑顔はなく、抱えているものの大きさが誰の目にも明らかだった。

「浄化の力を持つのは私だけにも関わず、彼の期待に応えることができなかった」

「……っなんですと!? 万が一にもキュリオ様のお力が効かぬなど……儂には信じられませぬ……」

 眉間に深い皺を刻んだガーラントは、くの字に折り曲げた人差し指を顎に添えながら黙り込んでしまった。その素振りを見たキュリオは一瞬、とある人物が脳裏をよぎり――……

「……不思議なこともあるものだな。今日はよくセシエル様を思い出す」

(このようなときに御意見を賜れたら……と思っているからだろうか)

「<先代>の悠久の王であられた御方でございますな」

 五百年以上も昔の王と面識を持っている人物など、キュリオとエクシスの他には生命の長いことで知られるヴァンパイアくらいのものだ。それでもガーラントが首を傾げないのは、現王であるキュリオから彼の話をよく聞いていたからであろうと思われる。

「ああ、信念を強く持っておられる気高い御方だった。セシエル様ならばこの事態を解決できただろうと思うと歯がゆいよ」

「――ですがキュリオ様。
悠久の国を一番に想われていた<先代>王ならば、他国の揉め事は解決できずともやむなし。と、お考えになられていたかもしれませぬぞ?」

 年老いた<大魔導師>の言葉に、<先代>王セシエルの面影が重なる。
 さらに彼の灰色にも似た瞳が一瞬、若葉の色に煌いて――。

「…………」

(ガーラントがセシエル様と重なるのは何故だ……?)

「そのためにこの世界の五大国には五人の王がおられるのです。自国で解決できない厄介ごとを他国の王へ頼むのは……」

「……セシエル様ならばそう言われるだろうな。
悠久の国以外に心を砕くのを善しとしない御方だった」

(それが追随を許さないセシエル様の強さに繋がっていたのだろう。
私に王の座を譲らなければ……恐らく千年王になられた御方だ――)

「キュリオ様、御自分を責めるのはどうかお辞めください。
エデン王とて偉大な王のおひとりでございます。キュリオ様のお手を煩わせるようなことにはならぬはずです」

「わかっている」

(エデンの力を甘くみているわけではない。<雷帝>の真の力は世界を脅かすに余りあるほど……)


「――案ずるなガーラント。セシエル様の言葉を忘れたことはない。
しかし、<雷帝>の力では救えないものもある。そのために私という者がいるのだろう」


 再び月を見上げたキュリオは、自身が為すべきことと神に与えられた力の意味に答えを見出せずにいる。


(我々五人の王がそれぞれ違う力を持つ意味は……
万能な王がひとり居れば済むものを、神が五つに分けた理由とは一体……)


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