【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

接触

 数にしておよそ五十。どこぞの貴族の行列かと道をあけたふたりだったが、先頭で馬を走らせる肥えた男は青年らの姿をその視界に留めると片手をあげて後列の者らへと合図を送り馬から降りてくる。細身剣(サーベル)を差した男たちから敵意は感じられず、備えてのことであろうと想像できる。
 流行りのスエード生地に厚めの襟を立てた黒服の男は、豊かな白髪を巻いた上に載せた帽子を揺らしながら目の前まで歩いてくると、少し高めの声でコホンと咳払いした。

『水守り一族の次期当主とはそなたのことかっ?』

 長身の青年よりも頭ひとつ以上も低いその中年の男は、丸々と肥えた腹を突き出しながらもあくまで上から目線を突き通すつもりらしい。

『……現当主の命を受け参上致しました副当主とその従者でございます』

 兄が当主であること以外、なにも特別な力をもたない名ばかりの副当主である叔父をたてながら一歩後退する青年。
 すると、それまでとは別人の如く表情をあらためた叔父は堂々たる威厳に満ちた声色で前へ出る。

『如何にも。我々は水守り一族を代表して参った副当主とその従者である』

 壮年の男である叔父は見るからに副当主として疑いのない風貌であったが、後ろに下がった青年は神の加護を受けた特別な人間であるかのように類を見ない美しさを誇っていた。水の女神の化身とまで噂される次期当主の青年とはこの男のことだろうと、もはや誰の目にも明らかだった。

『このような辺境の地にまで足を運んでくれたことを、感謝するぞっ』

 開いてるのかさえわからないほどに糸目の中年男だが、青年の姿をまじまじと観察するその不躾な視線はまったく隠れてはいない。
 女性らしい見た目で判断されることを嫌う青年は内心『またか……』と呆れの吐息を漏らす。

『言葉から察するに依頼されたのは貴君で間違いではないようだな』

『その通りっ。以前から兆候が見えていたものの、完全なる淀みがでてしまったのだっ』

 麗しき青年の声が聞けると思いきや、副当主の言葉がはじまったため仕方なく視線を戻す男。しかしながら副当主と地位のある人物のお出ましなのだからと、取り敢えず本題へと入る。

『まあ、ここで立ち話をしていてはもうじき日が傾く。このように狭き道のため馬車の用意はできなかったが、馬を用意しているので乗りたまえっ』

 後列に控える男たちが上等な馬を二頭引き連れてやってきた。青年の叔父は申し出を有難く受けると馬に足を掛けたが、立ち止まった青年は川のせせらぎに耳を傾けたまま動こうとはしない。

『…………』

(……水の流れに異変は感じられなかった。下流で問題が起きているのならば人の力でどうとでもなる。我々が呼ばれた理由はなんだ? まさか生活排水で腹を壊したなどという馬鹿馬鹿しい理由ではないだろうな……)

『従者殿、いかがされたかっ?』

 従者などとは微塵も思っていない男だったが、そう名乗っているのだから他に呼び名がない。
 
『あれは慎重な男なのだ。さらに水については誰よりも敏感でな。依頼の内容にある淀みがどこにあるのか探っているのだろう』

『ほう……』

 薄く開いた瞼から覗く土色の瞳が怪しく光る。
 川に反射した日の光が陶器のような肌に幻想的な輝きをもたらし、裾の長い衣からチラリと覗く美しい脚が妄想を掻き立てる。

『なにをしておるっ。従者殿に早く馬を――』 

 手綱を引いたまま美しい青年に目を奪われている家臣へ合図を送るも反応がない。その代わりに反応した年若い男が慌てて手綱を奪うと、青年へ馬に乗るよう促した。
 
『水守り様、まもなく日が暮れますのでどうぞ……っ!』

 さきほどとは打って変わった幼い声に思わず振り向いた青年だが、声を掛けてきた少年の姿をみて眉間に小さな皺が刻まれた。

『…………』

(……なぜこのような小さな子供にまで剣を……)

 西の国に多い茶褐色の柔らかい髪と瞳。まだ人を疑うことも知らない……年齢にして十ほどの少年だ。そして、神を見るようなキラキラとした眼差しに込められているのは神聖化された自分の偶像だった――。


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