【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 依頼主と思しき貴族の率いる行列のなか、先頭の群れを行くのはさきほど会話に参加した四名が含まれている。

『なぜ貴方のような子供までが剣を? この辺りでは山賊でも出るのですか?』

 物腰の柔らかい青年は馬に跨りながら地を行く少年に優しく声をかける。
 およそ半分の男たちが武装した姿でまばらに入り組んでおり、そのように危険が伴うのならば子供を連れて来るべきではないと声をあげたくなるほどだ。さらにまだ小さな彼に乗れる馬はないようで、彼を含む数名の少年と思しき人物は歩いて隊列に並ぶことを余儀なくされたようだ。歩幅の小さな彼はやや小走りについてくるが、起伏のある道を急ぎ足で歩くのは大人とて息が上がる。見兼ねた青年が自身の馬へ乗せようと手を差し伸べるも、首が取れてしまうのではないかというほどに拒絶され、恐れ多いからと断られてしまった。

『領主(バロン)様のお話ではこの豊かな地を狙った軍勢に不穏な動きがあるらしいのです! すこし前にも川に毒を流されるなど被害にあったばかりで……犠牲者がたくさん出たんです。薬師様が居なかったら、いまごろ皆……』

 青年は透き通る水の如く声までも美しかった。話しかけられただけで天にも昇る心地の少年は顔を赤く染めて言葉を紡ぐが、すぐに表情を変えて視線を下げてしまった。

(まさかその毒で彼の両親は……)

 身寄りがなくなった少年が領主(バロン)に面倒をみてもらうことになったとしたら、剣を持って主に仕えろと強いられた可能性もある。あまりも不憫な話だが、いくらなんでも戦力にならない子供を前線に立たせることはないだろうとそれ以上の言及は避けた。
 そしてそれ以上に拭いきれない違和感が胸元に渦巻いて口を噤んだ。

(……森が枯れている様子はない。なにより浄化速度の早いこの水脈がいつまでも毒をはらむなどありえるのだろうか……)

 豊かな地を狙った軍勢が、後々手中に治めようとする土地をわざわざ汚染することなどあるのだろうか? 万が一にも汚染が浄化されなければ死の大地と化すのも時間の問題で、その地へ根を下ろそうとする者の考えとしては些か浅はかのように思える。

『あっ! 見えてきましたよ! あそこが僕たちの街です! 水守り様がいらっしゃると聞いて皆、浮足立っているんです!』

 目の前の少年がそうであるように悲劇に見舞われている土地や民に必要なのは、この局面を打開できる力を持った人間と、不安を取り除いてくれる心優しき人間だった。

『…………』

(この少年に流れる水に淀みはない。注意するべきは……)

 前方を行く叔父と馬を並べるのは、さきほど青年らを迎えに出た貴族らしき男だ。
 人々の飲み水はどこから来るのだろう? 水の女神の水源からくる川に頼っている生活を続けてきたであろう民が井戸を掘っている可能性はかなり低い。ましてや、川に毒が流されていたとあらば地下水や作物さえ危険が伴う。やはり見えるところに支障が出ているのだろう。後方の彼らをよくよく見ると、服で隠れてはいるもののその頬や手は痩せこけて節くれ立っている。
 しかし、その例外もある。

『……』

 青年の視線を感じてか、肩越しに振り返った貴族らしき男。その後ろ姿は過剰な栄養により肥えすぎて。後ろを行く隊列の男や少年たちとはまったく真逆のなりをしている。

(……あの男に流れる水はまるで汚染された川も同然……)

 これほどまでに不快なものを感じたことがない青年は、少年の耳にのみ届く小声でひとつの頼み事をする。

『……夜、私ひとりで街を視察したいのですが、貴方の信頼している方をどなたかご紹介いただけませんか?』

『え……水守り様おひとりで? 街の様子でしたら領主(バロン)様の館にいる薬師様がお詳しいかと……』

 その薬師というのは、たしか川に流された毒から民を救ったとされる人物だ。

『そうですか……』

(その薬師があの胡散臭い男の息がかかってないとも考えられない)

 はっきり言って、副当主とされる叔父はあまり期待できない。経験からくる観察眼は相当なものだが、人ならざる力をもつ青年にしか見破れない本質というものが見抜けないのだ。いままでの少年の話が真実であれば、この街を狙う軍勢が近くに潜んでいる可能性もある。

 街へ足を踏み入れたころ、夜空に輝きだした無数の星のなかから真実を探るように気を引き締めた青年がひとり。

(信用に値する人間かどうか……ひとりひとり私が自分の目で確かめるしかない)

< 50 / 168 >

この作品をシェア

pagetop