【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 整った道と強固な石造りの橋のお陰で馬に揺られる振動が緩やかになると、隣を歩く少年の呼吸も落ち着いてきた。
 水脈を閉じ込めたような青年の瞳に映るのは、目の前に迫る石造りの橋に残る様々な傷跡だった。

(……真新しいものではないな。最近侵入を受けた形跡は見られない)

 傷の状態からみてできたばかりの鋭利なものではなく、丸みを帯びた古いものがほとんどだ。
 規則正しく並ぶ建物も古くに築かれたであろうことはその風貌からわかるが、清らかな水で育った木々の生命力は建築物となって姿を変えて尚、力強さが失われていない逞しさが見える。
 民家から漏れる生活の灯や煙が穏やかな日常を思わせ、やがて見えてきた居城の前に多くの人だかりが彼らを向かい出た。

『……っ! いらっしゃったぞ!! 水守り様が来てくださった!!!』

『ようこそ水守り様っ!! お待ちしておりましたっっ!!』

『お会いできて光栄です! どうか……どうか、この街をお助けください!』

『我々が来たからには安心するといい。必ずや皆の不安を取り除いてみせよう』

 低音の叔父の声と貫禄には安堵感がある。水守りとしての力に秀でてはいないが、これは立派な彼の才能であると青年はその場を任せて民の様子を観察することに専念する。

『…………』

(まただ……この異質な感じはなんだ?)

 美しい眉間に皺を寄せた青年に、隣に佇んだ少年がその顔を覗いて心配そうに尋ねる。

『あ、あの……ご気分を害されてしまったなら申し訳ありません。皆、噂でしか聞いたことのない水守り様にお会いできるのが嬉しいんです』

『構いません。私たちという存在が皆の助けとなるのなら』

 原因を探ろうと群がる民の顔を横目で見やるも、邪な感情を隠しているような者は見当たらない。偽りなき笑みと歓声。青年らを歓迎する心はとてもあたたかく、彼らを見ている限りこの街に悪人はいないであろうことを証明するには充分な笑顔だった。

『……?』

 ふと視線を感じて振り返るも、建物の陰に隠れてしまったようで姿は見えない。まるでこちらを探っているような……品定めをするようなそんな視線だった。

『皆の者、水守り殿は長旅ゆえお疲れであるぞっ』

 青年らを連れてきた男がその場を鎮めるように声を上げると、辺りを囲んでいた民は名残惜しそうに道を空けてくれる。
 街人の合間を抜けて先導されるままに馬を走らせていると、ズラリと並んだ街灯が眩しいほどに連なっている居城前。
 
(まるで要塞だな。攻められても簡単に落城するような簡素な造りではない)

 足元には敷き詰めた石畳と、全貌を覆い隠すほどに高く分厚い壁。出入口は他にもあると思われるが、正門へと続くこの道は両脇に松明がズラリ掲げられ、人影があればすぐに見つかってしまうほどに明るい。
 街人全員を敷地内へと避難させたとしてもあまりある広さと強固さだ。そして近くに水の気配がする。水の女神の水源からくる清らかさと優しい鼓動に自然と目元が下がる。

 やがて正面に聳え立つ城門が鋼の音を立ててゆっくり開かれ城へと招き入れられると、挨拶も早々に宴が始まってしまった。

< 51 / 168 >

この作品をシェア

pagetop