【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
『この問題が解決するまでは私と接触したことを他言なさらず、いつも通りの生活をお願いします』

 立ち上がり外套を纏った青年を男が慌てて引き留める。

『……水守り様! お待ちくださいっ! 街の外れには私たちのように貧しい者たちがたくさんおります! そして同じように苦しんでいるのです! どうか、どうかっ……!』

『それは出来ません。大勢を助ければこちらの動きが暗躍している人物の耳へ入り、逃亡を許してしまうでしょう』

『ですがっ……!』

『貴方がたの苦しみはわかりますが、早期解決のためにもう少しの辛抱をお願いします』

 茫然と立ち尽くす男に表情ひとつ変えることなく家をあとにした青年は足早に領主の館へ向かった。

(……次に会うべきは薬師か領主か……)

 依存性の疑われる薬を手に入れたところでどうやってそれを証明するか? 話を聞くからにその薬師は街人からの信頼が厚い。水の女神の水源に淀みがないことを伝えた後に、もし毒を流されたら――?

(なんにせよ黒幕の目的がわからなければ、罠にかかるのはこちらだ。
……いや、罠を用意されるまえに仕掛けるか)


『……なぜ貴方ががここに? 誰かに探るよう言われて来たのですか?』

 音もなく近づいた客室の前。
 見覚えのある小柄な少年が辺りを気にしながらソワソワと行ったり来たりを繰り返していた。

『いいえっ! 違います!! あの……水守り様が薬師様にお会いしたいとおっしゃっていたことを思い出して……それで……』

 行列を成して自分を迎えに来た時とは打って変わって古着のような薄着の衣服を纏った少年の、赤くなった頬や鼻先が長い時間の経過を物語っていた。
 
『薬師殿が戻られているのですか?』

『はい、薬師様は北の館にいらっしゃいます。限られた人間しか近づくことを許されていないので、本来ならば薬師殿をこちらへお連れしたいのですが……僕にはどうすることも……』

 どうやらこちらの希望を叶えようとしてくれていた彼は、館の者からすれば裏切りに近い行為と見なされ処罰されるかもしれない。近づくことを許されていないこの少年が薬師の居場所を教えてくれただけで十分だ。これ以上この少年を巻き込むわけにはいかない。十分過ぎるほどの情報提供に感謝し、青年はひとり北の館へ向かうことにした。

『……待たせてしまった挙句、もてなしもせず申し訳ありません。情報提供、心より感謝いたします』

 青年は言葉でしか表すことのできないことをもどかしく思いながらも、自らの危険を省みず協力してくれたこの少年へ心からの礼を述べた。

『そ、そんなっ……! この街をお救いくださる水守り様が僕などに……もったいない御言葉です!!』

『夜はまだ冷えます。これを――』

 真っ赤になりながらまたも後ずさった少年に、青年は自身が羽織っていた外套を着せてやる。
 あたたかなそれは清らかな青年の香りとぬくもりにあふれ、少年は天にも昇る気持ちで外套ごと自分を抱きしめた。

『……わっ……ありがとう、ございますっ……!』

『お部屋へお戻りになるまでどうかお気をつけて』
 
 聖母のように微笑んで少年の身を気遣った青年は、嬉しそうに手を振りながら遠ざかる足音を聞き届けると再び元来た階段を下りはじめた――。

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