【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
『……なんだって……?』

 浄化が進んだ青年の体は軽くなっていく一方で、今度は一斉に血の気が引いて手足がどんどん冷たくなっていく。

『当主殿はどこぞの依頼で不在だったのだろうっ? そこに次期当主が共に出向かなかったことも我々は知っているっ』

『……っ!』

 聞き覚えのある特徴的な声に青年が息をのむ。
 揺らめいた灯火に照らされた声の主は青年たちを迎えにでたあの男だった。

(最初から……水守り一族は敵の手に落ちていたということか!! 父上……っ!!)

『美しき水守りの次期当主よ。そなたの行動次第では無事に水守りの当主を返してやらんでもない』

 さらに別の人物の声が頭上から落ちてくる。落ち着いた威厳のある……どこか青年の父を思わせる声色だった。

『領主様だぁっ♪』

『……なにが望みだ……水守り一族の家督か、力か……?』

 絶望した青年が力なく膝を折ると、声の主は片膝をついて青年の顎へと手を添えて命ずる。

『面をあげよ』

『…………』

 武人のような荘厳な壮年の男。薬師が言うようにこの男が領主だというのも、武人であったと聞くその風貌から合点がいく。 

『人ならざるその力、そなた以外の誰が使いこなせよう。主はそのまま次期当主となり、奇跡の力を民に知らしめればよい』

『……何が望みだっ……』

 水守りの力や権力でなければ何が目的なのだろう?
 青年は拍子抜けしたように言葉を詰まらせるが、男の本音が別にあることを……体内を流れる水の禍々しさに唇を強く噛む。

『その美しい体に傷をつけるな。そなたの体は儂のものだ』

『……なに、を……』

 硬い指先で青年の鮮やかな唇をなぞる。

『男が男に嫁ぐなど、そなたの名誉を傷つけたりはしない。表向きは儂の養子になるということで手を打たんか?』

『……っふざけるなっ!! 誰が貴様になどっっ……そんなことをするくらいなら私は死を選ぶ!!』

 所持していたナイフを瞬く間に手にした青年はその切っ先を己の喉元にあてる。

『そうか。そなたがそこまで言うのなら仕方あるまい。明日の朝、この薬を流すしかないな』

『へへへっ!! そうこなくっちゃっ!!』

『この程度の薬など、私が浄化してみせるっ!!』

『まさかここから出られるとでも思っているのかっ?』

『……っ!?』

 背後にまわった気配が青年の後頭部を勢いよく殴打した。
 声を上げる間もなく意識を手放した青年は暗闇に落ちて――……

(申し訳、ございません……。父上……母上…………)


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