【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 馬車を降りたキュリオとガーラントは馬車にかけられた風の魔法を解除すると、静かに辺りを見渡した。

 見渡す限りの広大な地に大小様々な小石が無数足元埋め尽くすも、川の傍とは思えないほどに植物らしきものは見当たらない。

「ふむ……妙ですな。もっと草花の生い茂る荒れ地かと思っていたのですが……これだけ山が近いのであれば、植物が根付かないのには別の理由が考えられるのでしょうな……」

 ガーラントが言っているのは、遥かな昔このあたり一帯が川だったのかもしれないという仮説も考えられるが、偉大な王の力が満ちるこの国では、生きるものすべてにその恩恵は行き渡る。よって、生命力にあふれた緑が種や胞子を飛ばせば必然的に新たな緑が根付くであろうことが念頭にあるからだ。

「紐解いていくうちに明らかになるだろう」

 視線の先には悠久の大地を高く縁どるように聳え立つ山々は深く生い茂り、流れる清らかな風と水は光輝く河川を吹き抜けて冷気を含んだ緑の香りを遠くまで運んでいる。
 そして歩き出したキュリオが向かった先は一際開けた川の浅瀬だった。引き寄せられるようにキュリオに一歩遅れて後ろをついてきたガーラントが銀髪の王の視線を追う。

「ここだけ川の流れがすこし違うようですな」

「…………」

 穏やかに流れる川底を覗き込むように目を凝らしたガーラントだが、そこにあるのは透明度の高い水が齎す日の光の反射と、可愛らしい小魚が元気の泳ぐ姿が映るばかりだった。
 しかし、何かがおかしい。

(地形や物理的な要素を無視したかのようなこの流れ……)

 キュリオの瞳もまた、清らかな川底を見つめているが深く抉(えぐ)れた様子もなければ、崩れた遺跡の破片があるわけでもなく……一見するとただの川にしか見えない。

「ふむ……儂にはこの力の源がどこからやってくるのか……最早わかりかねます。キュリオ様は如何ですかな?」

 ガーラントは首を傾げるように川から視線を外し、連なる山脈を見たり後方を振り返ったりと目標を見失ったように辺りを見回している。

 キュリオも感覚を研ぎ澄まし、力の源を探ろうと試みたがそれは蜘蛛の子を散らしたように至るところから感じられる。

(いまはまだ無理なようだな)

「戻るぞ」
 
 流れるような動作で靡く銀髪に穏やかな風を受けながら従者たちのもとへと歩き出したキュリオにガーラントが腕まくりをしながら続く。
 
「ハッ! これだけの御力を持った王の時代の発掘など血が騒ぎますなっ!!」

 はやる気持ちを抑えながら、キュリオの一歩後ろ従順についてくるガーラント。彼は自らも発掘に携わるため、あれこれと道具をかき集めてきたようだ。
 古びているが、彼が愛用し続けた立派な外套の下には、使い込んだ大きなバッグが斜め掛けされている。

「時間はある。しばらく滞在するつもりで近くに宿をとってあるからな」

「おおっ!! キュリオ様も御泊りになられるのでしたら少し離れてでも相応の宿を……」

「私は城に帰る。アオイをひとりで寝かせるにはまだ早いからね」

 キュリオは目を細めてそう言うと、城の方角を見つめながら微笑んだ。

「危険はないと思うが、ここは長らく人間が立ち入っていない地だ。日が暮れる前に切り上げるぞ」

「畏まりましたっ!」

 皆が作業に取り掛かった様子を見届けたキュリオの視線は日の光を浴びて、抱く朝靄を輝かせて連なる山々を見つめた。

(神域のような清らかさだ……)

 誰に告げるでもなく歩き出したキュリオはひとり深い山の中へと足を踏み入れた。

 しっとりと濡れ、初めて目にするようなコケや草が生い茂るその山は、雨量が多いことでよく知られている。至るところから湧き出る豊かな水を吸い上げた木々は、巨木ながらも若々しい葉を茂らせ生命力に満ち溢れていた。
 キュリオの頭上を小鳥のさえずりや羽音が行き交い、濡れた岩肌では愛らしい両生類たちが体をやすめている。

 キュリオはわずかな木漏れ日を拾うように高低差のある道なき道を息も上がることなく進んでいく。大きな岩が隆起し行く手を阻もうとも、重力を無視したようにさらに移動を続けると――……

「これは――」

 眼下に広がる雄大な地。
 吹き抜ける清らかな風と光が漂う靄をも運んでキュリオの視界が大きくひらけた。

 大きな一枚岩が鎮座するその頂点にキュリオは立っていた。
 そこはこの悠久の大地を一望できるほど高所にあり、その眺めは悠久の城の最上階――、キュリオの寝室から見る光景とどことなく似ていた。

"――ようこそ、現悠久の王"

「……!」

 一陣の光がキュリオの髪を揺らし、背後から響いた重みのある青年の声に銀髪の王は振り返った――。
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