足踏みラバーズ
夜に目が覚めてしまって、むくっと起き上がると、隣で寝ていたはずの彼がいなくて、慌ててリビングに向かった。
リビングに蒼佑くんがいることに安心して、寝室に戻ったけれど、彼は私が起きたことには気づいていない。
蒼佑くんは、こんな夜の深い時間だったのにも関わらず、誰かと電話をしていた。
僅かというには大きすぎる綻びがそこまできていたのに、その時は他のことが頭の多くを占めていて、違和感には気づけなかった。
佐伯さん、とエレベーターを降りたところで声をかけられる。
「えっと、ごめんなさい、お知り合いでしたっけ……」
見覚えのない女性だった。立ち止まって聞いてみると、ごめんなさい、と頭を軽く下げられた。
「私、ルイズの結城と申します」
首からぶら下げた員証を見せてくれる。
「ああ。恵美、じゃない、倉橋さんの会社の……」
会釈をしながら挨拶をすると、結城さんもぺこりと会釈を返してくれた。
倉橋が2日間欠勤しているんですが、何かご連絡ありませんか、と聞かれた。
私にそれを聞く意味がわからなくて、特にないですよ、と素っ気無く伝えると、そうですか、と顎に手をあてる。眉間に皴がよっていて、何か只事ではないと連想させるような雰囲気だった。
「何かあったんですか?」
「いえ、それが無断欠勤をしておりまして……。先ほどメールが来たのですが、申し訳ないが明日まで休みたいということでして……」
「……風邪でしょうか」
「ではない、と思うんですけれども……」
困った、とばかりに結城さんは首を捻っていた。
無断欠勤をするような社員ではなく、真面目に仕事に従事している人だから、心配して私に恵美の様子を聞きに来たのだという。
メールで連絡が来たところまでは良かったが、一方的な連絡だったこともあって、電話をしたが応答がないのだと教えてくれた。
「最近物騒な事件もありますし、何かあったのではと、こちらもなんとも状況を把握しきれていませんで……」
申し訳ありません、と再び頭を下げられる。
「インフルエンザとかはないですかね」
「ええ、それも考えたのですけれども、まだ流行するには早いような気もしますし……。でも先取りということもありますしね」
「ですね……」