足踏みラバーズ
「明日も休むと、一応、連絡もありましたし、少し様子を見てみようかな、と」
「そうですか……他の方にも何も連絡ないんですか?」
何の気なしに投げかけた疑問に、それが、と声を潜めた結城さんが、ここだけの話なんですが、と内緒話の態勢になる。
私が接してきた恵美は、ルイズ株式会社に勤める倉橋さん、とは似て非なる人物像だということが発覚した。
真面目に仕事をこなすし、愛想もいい、キャリアウーマンといった風なのだが、オンとオフをきっちり切り替えるタイプなのか、同僚とはあまり親しくはないらしい。
それは仕事上では支障がないため、不便に思うことがなかったが、普段から倉橋さんと同僚の人たちは連絡を取らないから、無断欠勤をしたところですぐに対応できなかったらしい。
電話番号もメールアドレスも知ってはいるが、連絡をすることもなければ返信のタイミングもわからない。
おまけに誰と仲がいいとか、よく行くお店だとか、何も分からなくてお手上げだ、と話していた。
知っている範囲で、倉橋と親しくしているのなんて四つ葉出版の佐伯さんくらいではないかと、わざわざ足を運んでくれたのだという。
「お力になれなくて申し訳ないです」
「いえ、とんでもない。こちらこそ、ひき止めてしまってすみませんでした」
それから数日経っても、恵美と顔をあわせることがなくて、少し奇妙に感じていた。
結城さんとは出社時にエントランスで遭遇して、「あれから、倉橋さん出社されてますか?」と尋ねると、「ええ、来てますよ」ご迷惑おかけしました、と平身低頭していた。
忙しそうに小走りだったのが見えていたから、それ以上は聞くことが躊躇われて、何事もなく無事であったことに人心地がついた。
「後で連絡してみるか……。飲みに誘って大丈夫かな」
携帯を取り出して、LINEを送ろうと試みる。すると、エレベーターが閉まりそうになって、慌てて携帯を鞄に戻して駆け出した。
「恵美!」
同じビルに、同じく毎日足を運んでいるのに、長らく顔を見ていなかった気がする。
「百合子……」
「大丈夫? 会社、休んだって聞いたよー。風邪? 具合大丈夫?」
「はは、大丈夫よ。ありがとう」
なんだか息が詰まる。
恵美は、こんな重苦しい雰囲気の女性だっただろうか。
嫌な空気を振り払うように、努めて明るく振る舞う。