妖狐の花嫁
「っ……誰…?」
後ろを振り向けば
そこには 私よりも少し年上に見える
短い黒髪の 男の人らしき姿がそこにあった。
…人……?…いや、違う…。
よく見てみると、彼にも黒田くんのように耳が生えている。
…あの耳は、もしかして……
「───おい娘。」
「!!」
彼は低い声で 私に向けてそう言った。
まるで少し睨むような
その鋭い視線に、思わず怯んでしまう。
そのまま彼は私の前まで歩いてくると
まるで獲物を見る獣のような
鋭い赤い目に 見下ろされた。
「……お前が人間の『華』か。」
「…え…あ、あの……っ。」
何故か
私の名前を知っている彼。
私は怯えながら
小さく黒田くんへ振り返ると
黒田くんは私の前にいる男性を見て
「仁。」と名前を呼んだ。
「やっぱり来るの早かったね。
まだここに着いてすぐなのに。」
「…人間の匂いは特に目立つからな。」
仁と呼ばれた男性は
黒田くんにそう言うと、
また 私の方へ視線を向けてくる。
そして私の姿を見て
少しだけ…目を細めた。
「…まだ変わってないんだな。」
「……え?」
「こちらの話だ。」
彼はそう言うと
黒田くんの方に視線を戻して
彼と話し始める。
「…それで、一体何用だ。
こんなところに娘を連れてきて。」
「華を少しの間預かってて欲しいんだ。
俺がいない間に何かあっては嫌だからね。」
「……預かるだと?」
この獣だらけの森にか、と
怪訝そうに尋ねる仁さんに
黒田くんは小さく頷いて 彼を見た。
「狼の守りには信頼があるからね。」
「…白妖狐の所にでも預ければいいものを…何故わざわざ外なんかに…。」
「華の気分転換も兼ねて、だよ。
……引き受けてくれるよね?」
眉間にシワを寄せる仁さんに
黒田くんが微笑んだままそう尋ねると
仁さんは少し黙ってから
渋々…それを承諾する。
「長居はさせん。
1時間で帰って来なければ、白妖狐の所へ引き渡す。」
「あぁ、分かった。
……華。少しの間いい子で待っててね。」
「え……う、うん…。」
黒田くんは私が頷いたのを見ると
私の頭を優しく撫でて
そのまま───姿を消した。
私はそれに少し驚くも
そのあとすぐに仁さんに視線を移動して
小さく頭を下げる。
「……娘、こちらへ来い。」
「は、はい……っ。」
仁さんのその声に従い
私は彼のあとをついて行った。