恋してバックスクリーン
次の日から、寿彦さんの帰りが遅くなった。もちろん、浮気ではない。どこかでバットを振っているのだろう。

休みの日には、朝早くからバッティングセンターに向かい、チームでの練習もこなして、夕方まで帰ってこなくなった。しばらくは、ふたりの甘い時間もおあずけ。

文句は、言えない。私のために、チームのために、六月の試合には負けられないからだ。私はただ、遠くから見守るしかなかった。

試合まであと一週間に迫った、日曜日の夕方。いつもなら、チームでの練習を終えて帰ってくる時間なのに、なかなか帰ってこない。

練習できる日が残り少ないから、長引いているのかな。そう思いながら、外に出て帰りを待った。五月の温かい風が、心配する私に『大丈夫』と言い聞かせるかのように優しく包んでくれた。

見覚えのある車が、コーポの前に止まった。海津さんに送ってもらって、寿彦さんが帰ってきた。

「おかえり」と、大きく手を振った。寿彦さんは、少し照れくさそうにうつむきながら帰ってくると、小さく「ただいま」を言った。

「左手、どうしたん?」

寿彦さんの左手に包帯が巻かれてあるのが、すぐ目についた。

「……ボールをぶつけて。念のため、湿布貼って巻いてる……」

「大丈夫? 痛い?」

「……それより、お腹空いた」

痛みより、空腹の方が耐えられないのなら、大したけがじゃないな、と安心した。

「わかった。すぐ用意する」

慌てて玄関のドアを開くと、すぐキッチンに駆け込んだ。



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