溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
「うん。親から相続分の財産を引き継いだら、適当に絵を描いて暮らすつもり。腐っても美大生だからさ。留年してるけど」
悪びれた様子もなく笑う。
「兄貴を見てきたおかげで、どう動けば母親に文句を言われないで済むか学べたし、資産運用の勉強もしてるし。楽なもんだよ」
いつだか『弟のほうが要領がいい』と呟いていた瀬戸くんを思い出す。
踏み台にされる長子の気持ちは、甘え上手な弟と妹を持つ私にも覚えがあった。若いころはそれでやりきれない気分になったこともあったけれど、今となってはいい思い出だ。
「今日、瑠璃さんに会いましたよ」
頭をよぎったビビッドカラーの女の子が、私の弟より二歳も年上だという事実に内心あらためて驚いた。まだ大学二年生のうちの弟のほうがよっぽど大人びてる。
柔道着を着た熊みたいな弟を思い浮かべていると、
「瑠璃ね。面白いヤツだったでしょ。あいつ馬鹿だからなぁ」
ははっと笑う口から白い歯がこぼれる。これまでの皮肉っぽい雰囲気が薄れて、少年のような顔になった。
「兄貴と別れてくれって頼まれた?」
私が頷くと、「直球だなぁ」とますます可笑しそうに笑う。それから彼はにやっと口角を上げた。
「瑠璃をあまく見ないほうがいいよ。馬鹿だしガキだけど、たまーにとんでもないことしでかすから」
「とんでもないこと……?」
「あいつはホント昔から兄貴のことが好きだからね。まあ、用心するに越したことはないよ」
さて、と言って、大樹くんはポケットから紙片を取り出し、がさがさと開いた。