溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
杏子さんが右眉を持ち上げた。目を細め、疑わしそうに瀬戸くんを見やる。
「ほかのことはすべてですって? じゃあ、あなたが自力で入った、あの会社を辞めろと言ったらどうするの?」
はっとする私の横で、瀬戸くんは静かにうなずく。
「辞めます」
目線をまっすぐ上げてためらうことなく答えた彼に、杏子さん自身が目を見張った。
無理もない。
母親に逆らい、一人暮らしの夢を捨て、ようやく自分の手で掴んだ居場所を、彼は手放してもいいと言ったのだ。
「そんなに、その娘が大事なの……?」
杏子さんの声は震えていた。
「その娘のために、これまで私に反発してまで積み上げてきたものを、捨てるというの?」
彼女は悔しげに唇を噛む。私を見る目には、微かに戸惑いの色が浮かんでいた。
息子にここまで言わせるこの娘は、いったい何者なのか。そう思っているのかもしれない。
私だって、自分にそこまでの価値があるとは思っていない。瀬戸くんがせっかく見つけ出した自立の道を、私のせいで閉じさせてしまうなんて。
「光希と一緒にいられれば、それだけで俺は幸せだから」
胸が詰まって、私はうつむいた。油断すると涙が出そうだ。
私は何をやっているのだろう。ソファに大人しく座っているだけで、彼ひとりに闘わせて……。
めまぐるしく頭を働かせた。これは瀬戸くんだけの問題ではない。私の問題でもあるのだ。