溺甘上司と恋人契約!?~御曹司の罠にまんまとハマりました~
心臓がばくばく鳴ってる。視線と心音をごまかすように、私はグラスをあおって、通りすがりの店員に声をかけた。
「すみません、同じのください」
野村くんが「あ、俺も西尾さんと同じの」と空のグラスを差し出す。その瞬間、彼の手元からグラスが滑り落ちた。
「あ」
ガシャっと耳障りな音を立ててグラスが転がる。幸いなにも割れなかったけれど、氷が飛び散って私のほうまで転がってきた。店員さんが慌てた様子で「少々お待ちください」とおしぼりを取りに走る。
「すいません、大丈夫ですか」
野村くんはテーブルに転がった氷を律儀に拾い集めて空のグラスに戻した。すまなさそうに私を見て、あっと声を上げる。
「西尾さん、氷が」
そう言って、手を伸ばした。私のスカートを濡らしていた氷を拾い上げ、「わーすみません、シミになっちゃうかな」とおしぼりで叩き始める。
「あ、あの、野村くん……」
「え」
私のひざにかじりつく勢いだった野村くんが顔を上げる。目が合うと、彼ははっとしたように飛び退いた。
「す、すいません!!」
普段の余裕たっぷりの笑顔を忘れてうろたえる姿は、とても新鮮だ。可愛くてつい笑ってしまう。
「氷だけだったから、大丈夫」
店員が持ってきたタオルを受け取って、自分でスカートの汚れをたたいた。野村くんは申し訳なさそうに肩を縮めている。
「もう、チュウちゃんてば何やってんの~」
芽衣ちゃんが人差し指の代わりに人参スティックを突き出した。
「せっかくいいところだったのに、話の腰を折らないでよ、もお」
「ごめん、なんだっけ」
「俺に彼女がいるのかって話」
低い声が、緩んだ空気を一瞬で引き締めた。