蛇の囁き



 階段を上り終わり、赤い鳥居と楼門をくぐると、視界が開けた。

 右に手水舎、左に小さな社務所がある。落ち葉もちゃんと掃かれていて、山奥の神社とは思えぬほど、綺麗に手入れされている。

 しかし、参拝客は一人もいなかった。


「──走ってきたんだ」と誰かが言う。

 誰だろうと辺りを見渡せば、社務所の脇に一人の男が立っていた。

「あなたは一昨日の」と返すと男は笑った。



 先日のラフな格好とは違い、今日の彼は和装だった。白衣に、浅葱色と言うのだろうか薄い青緑色の袴を着ていた。神社で働いている人がよく着ている服装だ。

 驚いて彼の顔を見上げると、彼は「びっくりしたかな」と笑った。こんなところで会えるとは偶然だ。その上、神職であったとは。



 彼は己をカガチと名乗った。

 苗字だろうか、それとも下の名前だろうか。どちらにしろ風変わりだと思った。

 私は一昨日初めて出会ったばかりの男に、ここで更に踏み込んで尋ねるような勇気を待っていなかった。



< 10 / 49 >

この作品をシェア

pagetop