蛇の囁き
参拝客は一人もいなかった。そのせいか、今日は階段の脇にある店はひとつも営業していなかった。
玉のような汗を額に拵え、やっとの思いで階段を上ると、昨日よりももっと息が切れていた。
息を整えて顔を上げると、彼が既に鳥居のところに立っていた。私を見ると手を振ってくれた。
「そんなに汗かいて。走ってこなくても良かったのに」
苦笑されてしまい、私は恥ずかしくなった。慌ててカバンからハンカチを取り出し、汗を拭った。服の下はすでに汗臭いかもしれない。
「いい場所を教えてあげよう」とカガチさんに手を引かれた。ひんやりとした大きな手だった。汗をかいた小さな私の手は、カガチさんにとっては幼児のそれだろう。
彼は私の手を引いて、今私が登ってきたばかりの階段を降り始めた。
せっかく登ってきたのに、と私が思ったのに気づいたのか、カガチさんは私の表情を見てくすくすと笑う。
百段ほど降りたところで、カガチさんは森の脇道に入った。藪に紛れているが、草木を掻き分けると、奥に小道が続いているのに気づいて私は驚いた。
「俺だけの場所なんだ」
そう言って笑う彼は少年のようだった。
カガチさんは何歳なのだろうとまた思った。