蛇の囁き




「──そういえば、ナツメという名前は、どんな字を書くんだ?」


 初めて名前を呼ばれた。覚えていてくれたらしい。

 私は近くにあった木の枝で、おもむろに地面に「夏」と「芽」の漢字を書いた。カガチさんは興味深そうに地面を覗き込んでいた。

「カガチさんは?」と私は尋ね返して枝を渡した。

 彼はその枝を受け取って、「加 賀 智」という文字を書いた。達筆だ。

 私は口の中で「加賀智さん」と何度か呟いた。


「珍しい名前ですね。苗字ですか?」

「そうだね、苗字かな」

「下のお名前は?」

「それより夏芽のことが知りたい」


 爽やかに笑った加賀智さんを見て、これははぐらかされたなと思い、軽く睨んだ。加賀智さんは私の顔を見ると困ったように笑った。

 加賀智さんはよく笑うなあ、とぼんやり思った。その屈託の無い笑顔を見ると、こちらまで暖かな気持ちになり、自然と私も一緒になって頬が緩んでしまう。

 夏芽はかわいいねえ、と加賀智さんが笑って言った。その「かわいい」は「幼い」とか「わかりやすい」とか、そういうことを揶揄して言っているのだとすぐ理解できた。

 私はつんと鼻先を外方に向けて、そうですかと返した。


「……加賀智さんって、一体おいくつなんですか」

「当ててみて」
 加賀智さんは少し挑戦的に言った。


「二十六。ううん、二十八ですか?」

「……まあ、そんな感じかな」


 結局正解を教えてくれず、また彼は笑って私は膨れた。

 その日、加賀智さんは私の話を聞きたがってあまり自分の話をしてくれなかった。

 彼は私のどんなくだらない話でも興味深そうに聞いてくれるものだから、その日は時を忘れるほとたくさんの話をした。

 西の空が茜色に染まってきたのにようやく気づいて、私と彼は二人で驚いて笑い合った。





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