蛇の囁き


 山に行くと分かっていても、朝着替えるとき自然とスカートを選び、ヒールのあるものを選んでしまったのだった。

 なぜそんな格好をするのか、その理由は明らかだ。

 彼は山に相応しくない膝上のスカートに何を感じただろうか。背伸びした、仕方のない子供だと思っただろうか。隠れたその想いに気づいただろうか。

 着飾って出かける私に家族は何も尋ねてこないが、いつもにやついた訳知り顔で私に二人分の弁当をもたせてくれるものだから、有り難いような恥ずかしいような気持ちだ。


「夏芽」


 加賀智さんは小さく笑い、仕方ないな、ほら、というような表情をして手を差し伸べていた。好きだ、と思った。

 私はおずおずとそのひんやりとした手を取った。その微笑みの前ではどうでも良くなってしまう。



 加賀智さんと私は手をつないだまま斜面を降りた。

 急な斜面は彼が下から支えてくれる。

 端から見れば自分たちはどんな関係に見えるだろうか。そんなことを考えたが、ここには二人しかいないことを思い出して可笑しくなった。

 嬉しくて笑う私を、加賀智さんは穏やかな杜若色の瞳で見ていた。



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