蛇の囁き




「こっちだ」


 微かに聞こえる水の音を辿りながら、私たちはゆっくり歩いた。

 ようやく着いた湧泉のほとりでは鳥たちが囀りながら羽を休めていた。


「着いたよ」

「…………きれい」


 私はぼうっとして泉を見つめた。

 彼の手を離して泉のほとりに座り、水中を覗き込んだ。

 そこに泳ぐ魚はまるで飛んでいるようで、その影をはっきりと底に見ることができた。その透明度の高さにただ感動するばかりだ。

 ここは秘境のようだった。


「加賀智さん、今日はここで食べませんか?」

「うん」


 私たちは泉の縁に腰掛けた。

 私は少し緊張しながら弁当を広げた。実は今日は私が弁当を作ったからだ。普段料理はあまりしないので時間がかかってしまったが、決して悪くない出来のはずだ。

 加賀智さんの反応が気になったので、私は食べながらちらちらと見てしまっていた。

 彼は味わうように食べて「本当に美味しい」と嬉しそうに微笑んでくれた。
 それで十分だった。



< 19 / 49 >

この作品をシェア

pagetop