蛇の囁き
彼を見つけた瞬間、本当に息が止まった。
薄暗い境内の中に、彼は佇んでいた。
闇に溶け込むような黒髪をしていて、白衣に浅葱色の袴を着ている。一番馴染みのある、彼が人間に擬したときの格好だ。
ああ、何度夢に見ただろう、何度恋しく思って泣いただろう。全くあの頃から変わっていない、やっと、やっと、やっと鱗だけではない本物の彼だ。
加賀智さん、と震える声で呼んだ。
すると、彼は夏芽なのかと問うて振り返った。
彼の群青色の瞳の中に、私が立っていた。そこにいる私の輪郭が突然ぼうっと溶けて流れていった。
私は堪らない気持ちになり、止め処なく涙が溢れてきて、私は、逢いたかったです、と言葉にならない声で泣きじゃくりながら彼の胸に飛び込んだ。