蛇の囁き
彼は西に沈んでいく星を見ながら、何だか夢みたいだな 、と小さく呟いた。
何がですか、と尋ねると、夏芽が今俺とここにいることがだよ、と彼は臆面なく答えた。そこには少しも甘い響きはなくて、彼は本当にそう思ったようだった。
「……あの星が西の山に全部消えて、東の山から昇ってきた朝日に照らされた途端──俺も夏芽も全てが消えてなくなって、俺は名もないただの蛇として、岩の亀裂の奥深くで目が覚めるような気がする。覚めるまでは分からないものが夢だ、夢じゃないなんて分からない」
彼は表情は表情を動かさずにそう呟いた。今この瞬間も夢だと少し疑っているらしかった。
夢なんかじゃありません、と私が言うと、どうして分かるんだ、と彼は尋ねた。だから私は、ここにいるじゃないですか、と笑って思いっきり力を込めて彼の手を握り返した。彼は表情を崩し、そうだな、と穏やかに笑ってくれた。
村を一望できる例の場所に着いた。私たちの手は離れなかった。そして、そのまま二人で肩を並べて、東の空を眺めた。
赤く燃える太陽が東の山から頭を出し、山の辺が徐々に明るくなっていく。夜の闇に沈んでいた村には朝日が差し込み、今日もまた新しい朝がやってきた。
彼は私の存在を確かめるように私の手を強く握った。私も固く握って応えた。
太陽が全て顔を出したとき、朝は来たのだと確信した。私たちは朝焼けの中でどちらからともなく顔を寄せて口づけた。
あの太陽がまた西の地平に沈んでしまうまで、片時もそばを離れたくないと強く思った。