蛇の囁き



 先ほど歩いてきた道を二人で歩きながら、小川をぼんやりと眺めた。

 子供達は相変わらず川で遊んでいる。

 あの子達は真っ黒に日焼けしているのに、私とこの男の人は肌が白い。彼もこの村に帰省してきた人なのだろうか。



 道中、と言っても五分ほどだが、見知らぬ人と一緒に歩くのに、不思議と気まずさや緊張というものはなかった。

 会話はあまりなかったが、彼のどこか浮世離れしたような雰囲気が張り詰めた空気にさせなかったのだ。



 祖父母の家の前に着くと、彼は私の肩に手を置いて子供に言い含めるように言った。

「もうあんな所で寝てはいけない。山は君が思うよりも危ないものだ。奥で迷えば山に取られてしまう」

 その声はとても穏やかなのに、私は彼に怒られている気がして俯き、頭を下げた。肩に乗せられた手が退けられる。私は彼の顔を見る勇気がなく、とても頭を上げられなかった。

「……はい。色々とご迷惑をお掛けしました。すみません。……あの、私はこれで……」

 それだけ言うと、私は逃げるように家の門を潜った。

 玄関に駆け込んだあとに、はたと気付いた。思わぬ申し出だったとはいえ、道のど真ん中で座って寝るような警戒心のない子供を親切心で家まで送ってくれたのに、肝心のお礼を言い忘れていた。

 そう思って再び門の外に駆けたが、すでに彼の姿はそこにはなかった。周りには家がたくさんあるので近所なのかもしれない。

 まだここにはしばらくは滞在するのだ。彼と会う機会があればその時に言えばいいかと思って気にしないことにした。




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