キャラメルと月のクラゲ
そこはカオスだった。
「あ、梨世ちゃん。おかえりなさーい」
夕方に帰った私を出迎えたイズちゃんはいつもの笑顔だった。
「やっと帰ってきた。帰るってメッセ送ってからどんだけ経ってんのよ」
大きな鍋をかき混ぜながら文句を言ってきたのはカニクリちゃん。
まさかこんなに早く来ているとは思わなかった。
「ねえ、鹿山さんも手伝ってよ。イズがまだ野菜切れっていうんだよ?」
「………えっと、水窪さん?」
カニクリちゃんが呼んだ女子って、この子だったのか。
「シズクでいいよ。イズって抜けてるくせに人使い荒いよね」
やけになじんでいる水窪シズクは包丁を置くと小声で、
「あの子のおっぱいってメロンでできてるってカニクリが言うんだけど、マジ?」
とぶっ飛んだ質問をしてくるから、私は思わず笑ってしまった。
「マジ。イズちゃんのおっぱいはメロンでできてます」
私もそっと彼女の耳元に言って、二人で笑った。
「私、今日泊まってこうかなぁ」
「ほんと? シズクちゃん泊まっていって。この量だと明日も食べればなくなりそうだから」
「食べる前からそんなこと言わないでよ。だったら近所のヒトにでも配ればいいのに」
シズクはそう言って小さく、あ、と言った。
何かを思い付いたらしい。
「私、着替えてくるね」
リビングを離れると三人の話し声が聞こえる。
イズちゃんと二人で暮らし始めてから1年以上経ったけれど、この部屋に友達が来たのは初めてだった。
よく考えれば、イズちゃんにだって友達がいるはずだ。
私はイズちゃんの友達に会ったことがない。
クラスや講義が同じで話すことのある子がいるのは知っているが、大学の中では私とほとんど一緒にいるイズちゃんが一人の時にどうしているのか全く知らない。
イズちゃんには、私以外の友達がいるんだろうか。
「シズク………ちゃん、代わるよ」
「シズクちゃんってキャラじゃないから、呼び捨てでいいよ」
「わかった。そうする」
「私も、梨世って呼ぶから。いいでしょ?」
「うん」
「それと、この前はごめんね。何か機嫌悪くさせて」
「こちらこそ。お店で失礼なこと言ってごめん。あのあと水槽の掃除してくれたんでしょ?」
「あ、うん。でもちゃんとバイト代はいただきましたので」
「ふーん。そうだったんだ」
シズクの笑顔からその意味が理解できた。
「それで? 椋木くんとヨリは戻さないの?」
彼の元カノは視線を下げ、私が切り終えたズッキーニをボウルに入れていく。
「どうかな。私はそのつもりなんだけど」
と本音を漏《も》らした。
「今日は何か素直だね」
「そう? そんな時もあるよね」
「今度は素直じゃない」
「あー、もう。おもちゃじゃないよ」
「ふーん。おもちゃかと思った」
まだ会ってから時間も経っていないのにそんなことを言っても許してくれる空気を彼女から感じていた。
「ねえ、カニクリ! 梨世が私で遊んでんだけど!」
何だかわからない親近感の正体を私は気にしないままトマトを切る。
「遊んでないよ。ちゃんと野菜切ってますよ」
こうして初めてのメンバーのカオスな女子会がスタートした。


夏の夕暮れが近付いた頃、ほとんどの料理が完成した。
意外にもカニクリもシズクも料理が上手だった。
足りない肉や魚を近所のスーパーに四人で買いに行った時は、三人が真剣に何をどれだけ買うか悩んでいるのをカートを押しながら私は見ていた。
「やっぱ料理ができる女子っていいよね」
「だったらイズちゃんに教えてもらいなよ」
「そうだよ。でも最近じゃ男子のほうが上手だったりするから、逆に梨世みたいなタイプは何もしなくてもいいかもね」
「どんなタイプよ」
「あー、王女様? 女王様? 早く作りなさい、みたいな」
「ひどくなーい? 私そんなこと言わないし、料理も少しくらいはできるもん」
これは嘘ではない。
ただ手の込んだ物を作らないだけ。
「まあ、とにかく。みんな乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい」
「はい、乾杯」
空気の読めるイズちゃんの声で色とりどりの飲み物が入ったグラスを触れ合わせる。
テーブルの上にはもっとカラフルな料理が並んでいる。
「梨世はダメな物ある?」
何も言わずに料理を取り分け始めるシズク。
「私、甲殻類が苦手。何か、エビとか気持ち悪くない? まるでエイリアンみたいで」
周りの人間とは違うエイリアン。
「確かに見た目はグロいけど、食べると美味しいのに」
「だからイズちゃんは甲殻類は買わなかったんだね」
「うん。梨世ちゃんが嫌がるから。カニクリちゃんは? カニ食べるの?」
「食べるよ。美味しいし」
「カニクリ、それ共食いじゃん」
「いや、私は人間なんで」
「カニクリームコロッケも食べるの?」
「食べるよ」
「共食い」
「鹿山さんウザい」
「ひどーい」
私とカニクリのやりとりをイズちゃんは笑っていた。


「私ね、思うの。女の価値は連れて行かれる店のランクで決まるって」
「はいはい。そーですねー」
私のささやかな主張に棒読みで返してくれるカニクリ。
「ちょっ、カニクリ! もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」
「これでも優しいほうだよ? ね、シズク」
「カニクリが本気でキレたら誰も手を付けられないよ。気を付けなよ、梨世」
「マジで? 意外。優等生キャラだと思ってた」
「表向きは優等生だけど裏では大変だよ」
シズクはそう言って笑った。
「シズク。黙ってなさい」
私達三人は顔を見合わせてもっと笑った。
それを見てイズちゃんは笑っていた。
「三人の会話おもしろなー」
イズちゃんは冗談でも私にひどいことを言ったりはしない。
ずっと私の味方でいてくれる。
私はそんなイズちゃんが大好きだ。

***

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