キャラメルと月のクラゲ
「それでね、椋木くんがさ。僕がやるんでミオ先輩、消毒してあげてくださいって。チョー言い方冷たくてさ」
共通の敵がいるとその人間同士は仲よくなる、なんて話がある。
「あー、朋弥なら言いそう。てか、朋弥は梨世のこと心配してんだよ」
この場合、敵とは椋木くんだ。
「そう? だったらもう少し優しい言い方しない?」
「朋弥にしては気遣いがあったほうだよ。どうでもいいヒトにそんなこと言わないもん」
「さすが元カノ。カレのことは何でもわかってますね」
鹿山さんとシズクは似た者同士なのかもしれない。
「どうかな? 今の朋弥が何を考えてるかちょっとよくわかんない」
「上手くいってないの?」
「うん。ヨリ戻そうって言ってからもう1ヶ月経つけど何も言ってくれないんだよね」
天性のオトコを振り回す性格。
「その間は会ったりしてないの?」
「ちょいちょい会ってるよ。でもカニクリと梨世のほうが会ってるでしょ? 同じ大学だし同じバイトだし」
「だったら辞めなきゃよかったじゃない」
私が言うと二人の会話が一瞬止まる。
「あの時は朋弥よりカレシが好きだったし、後悔しないつもりだった」
シズクは真っ直ぐ私を見ていた。
その透明なほどに澄んだ瞳で。
「勝手なこと言わないでよ。どれだけ私達が必死で止めようとしたか覚えてないの? それなのに私は私のやりたいことをやるから邪魔しないでって言ったのはどこの誰よ」
シズクへの文句が止まらずにあふれていく。
「椋木くんが一番かわいそうよ。シズクのワガママに振り回されて。彼がどれだけ落ち込んでたか、わかってるの?」
「カニクリ、もうやめなよ。シズクだってわかってるよ」
そんなこと、私だってわかっていた。
それでも、止められなかった。
「………ごめん。ちょっとタバコ吸ってくる」
「あ、私もついていっちゃおうかな」
何も言い返さないシズクがベランダに出ていく。
イズちゃんが鹿山さんと私に視線を送ってあとを追う。
「カニクリ、ちょっとこっち来て」
「………何よ」
「いいから」
鹿山さんが私の手を取り、彼女の部屋に連れていく。
「私、言い過ぎたなんて思ってないから」
「わかってる。正しいと思うよ。それはシズクが一番わかってるよ」
脱ぎっぱなしの服が置いてある以外はキレイにされたシンプルな部屋だった。
きっと片付けもイズちゃんがやってくれているんだろう。
「鹿山さんにそんなこと言われるなんて思わなかった」
「何でよ」
「だって鹿山さん、オトコにしか興味ないでしょ」
「それはひどくない? でも、半分合ってるかな。女子のケンカの仲裁なんて初めてしたよ」
「別にケンカじゃないし」
「そう? 恋愛相談だったらいつでも乗るよ?」
「フラレる恋愛のアドバイスならお断りです」
「そんなことないよ。オトコに告白させるように仕向ける技、教えてあげようか?」
「遠慮します。大体そんなヒトいないし」
「ふーん。そうなんだ」
「何か言い方ムカつく」
「そんなことないよー。だったら私が恋愛相談してもいい?」
「どうせ、ろくな相手じゃないんでしょ」
「そんなことないよ」
「そもそも何で私にするのよ」
「だって友達いないもん」
「イズちゃんは?」
「イズちゃんは、家族だもん。それに、心理学やってればヒトの心が読めるんでしょ?」
「バカじゃないの? そんなのわかったらみんなやってるわよ。心理学やってもヒトの心なんて結局わからないのよ」
そのヒトが何を考えて何を思っているかなんて、本人に聞いてみなければわからない。
「心理学をやったってヒトの心なんかわからないって栄川先生の言ってたとおり」
聞けるなら、聞いてみたい。
私を好きだったのかどうか。


「どうせだったらイケメンのほうがいい」
彼女の主張は絶えることがない。
「それってつまり、鹿山さんよりかわいい子を好きになったから別れるって言われてもいいってことだよね」
「それとこれは別じゃない? 別腹みたいな?」
「デザートかよ」
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかわからない彼女の考えは私の意識の届かない場所にあって、理解に苦しむ。
「ほんと、鹿山さんって残念系美人よね」
「あれ? 褒められた?」
「褒めてない。大学デビューのハーフ顔メイクで確かに美人。なんだけど残念感。それに極度の愛されたい願望で、幅広く女子から嫌われる女子だよね」
「えー、そんなことないよ。友達だっているし」
それでも、彼女が遠い世界の国にいるとは思えない。
「さっき友達いないって言ってなかった?」
「そうだっけ?」
ただ目の前で、愛されたいと願っている小さなコドモのように思える。
「まあ、いたとしてもほとんどがオトコ友達か合コンのメンバーでしょ」
「そういうのを友達って言うんじゃない?」
「そうかもね」
だとしたらこの不思議な距離感は何と言うんだろうか。

***

私とカニクリがリビングに戻ると、シズクはバツが悪そうにまたベランダに出ていった。
カニクリも申しわけなさそうにソファに座った。
「カニクリ、謝りに行かないの?」
「謝るなら、二人の前で謝りたいから」
「素直じゃないね。だったら先に私が行ってくるよ」
と私はベランダに出ていく。
生暖かい夜風が不快に私の肌をなでていく。
「シズク。私にも一本ちょうだい」
「梨世、タバコ吸うの?」
「カレシが吸ってる時にちょっとだけね」
「カレシいたんだ?」
「今はいないよ。だけど、ここでしか話せない話もあるでしょ?」
私はシズクからタバコを受け取ると一本取り出して火を点けた。
「カニクリにできない話?」
「そ。イズちゃんにできない話」
「あー、そうだね。じゃあ、ほんとに言えないこと、言おうかな」
とシズクは煙を吐き出した。
「元カノの私が言うのも変な話だけど、梨世と朋弥ってお似合いだと思う」
「———は? 何言ってんの?」
思わずタバコを落としそうになった。
「素直な感想だよ。空気って言うか雰囲気って言うか、馬が合うって言うのかな」
「マジメなだけのヒトなのに?」
「そだね。でも同じ血液型だよ。梨世もA型でしょ? イズが教えてくれた」
私も似たようなことを思っていた。
「A型に見えないってよく言われる」
椋木くんとシズクの話し方が似ている。
「ねえ、もし、もしもだよ、私と椋木くんが付き合ったらどうするの?」
「その時は、おめでとうじゃない? だって、友達でしょ?」
「そっか。そうだね………」
それは言葉遣いだったり、口癖だったりもだけれど、話す時の間《ま》の取り方もそうだ。
「私、二人のしゃべり方、似てると思う」
普段ならそう思っても言わないけれど、
「ああ、これが彼の優しさの源《みなもと》なのかもしれないって思った」
今はシズクに話そう。
「シズクが椋木くんと過ごした時間の分———」
私は彼に優しくされるんだろう。
「彼は、優しいんだよね」
そんな気がした。


< 21 / 49 >

この作品をシェア

pagetop