キャラメルと月のクラゲ
「私は、カニクリームコロッケ」
なんて初対面のヒトに言うつもりなんてなかった。
私だってそれくらいの常識は兼ね備えている。
それでも言ったのは彼女が「リセビッチ」と揶揄される「カヤマリセ」で、この大学では有名人だったからだ。
もちろん、いい意味では決してない。
男に言い寄られる数も多いがフラレる数も多く、この大学だけでは飽き足らず他の有名大学の男達と合コンを繰り返しているらしい。
そんな彼女が彼と、椋木くんと知り合いだとは思わなかった。
この大学で目ぼしい男は全て食い尽くし、椋木くんみたいな地味な男の子にまでとうとう手を出すようになったのか。
そう思うと、少し意地悪をしたくなったのだ。
自分のテリトリーを守る動物のような威嚇《いかく》。
けれど、真相は他にある。
と私はプレゼミでお世話になっている栄川先生の深層心理学の講義を受けながら考えていた。
ヒトの噂《うわさ》はセンセーショナルに伝わる。
それがかわいい女の子の話ならなおさらだ。
そう、彼女はいい意味でも悪い意味でも目立ってしまうのだ。
そんな彼女がなぜ、わざわざ彼に会いに来たのか。
それを取り次いだのが私なのか。
そもそもなぜ私だったのか。
私でなければならない理由は———

***

女の子のかわいいは、価値だ。
日々自分の持っているかわいらしさに磨きをかける。
持っていないかわいらしさを見付ければそれを取り入れる。
一つでも怠ればたちまち女子の中の生存競争においていかれてしまう。
もっとかわいくならなければ、彼は振り向いてくれない。
計算高いと言われればそれは認めるしかない。
だってそれはみんなやっていること。
それを成功に導けるだけの価値を私は奇跡的に持ち合わせている。
それだけのこと。
自分の魅力を、悪いところも含めてちゃんと理解して賢く利用しているだけのこと。
「私は、悪くない」
イズちゃんに用事ができて、メロスもバイトでいなくて、予定が全くなってしまった私は、一人さみしく駅のホームで夕日を見ていた。
「さみしいなー」
好きなヒトにフラレてさみしい女の子を演じていた。
「どうしたの?」とか、「大丈夫?」とか。
そう声をかけてもらうのを待っている。
優しい王子様を待っている。
私だけを愛してくれる王子様。
私だけをずっと見つめていてくれる。
私だけの王子様。
どこに行けば出会えるんだろう。
どこを捜しても見付からないなら、誰かのモノを奪ってでも、幸せになってやる。
それでも叶《かな》わないなら、私は———
一人で生きて、一人で死んでいくなんて堪《た》えられない。
それくらい思わないと恋ではない気がする。
告白して返事がイエスならハッピーだけど、そうでない時はどん底だ。
恋をしかけるし、恋をする。
同時に進展して私は私だけの王子様を待っている。
「早く返事来ないかな」
そして私はそれ以外の恋も持っている。
『ごめん。今日は会えない』
けれど、それは恋ではないかもしれない。
『明日なら会えるよ。バイトが終わったら流星群を見に行かないか?』
見付けては消えていく、流星群のような思い。


< 7 / 49 >

この作品をシェア

pagetop