偽りのヒーロー





「これ、あげる」



 予告なく投げつけられたものをよけきれない。

とっさに顔の前に出した手のひらを掠めて落ちたそれを見て、菜子は言葉を失った。それどころか、怒りが沸々と沸き上がっている。はらわたが煮えくり返りそうなほど。



 ぽとりと床に落ちたのは、いつしかのブーケの中に入れられていた、黄色いカーネーション。それもまた、どこかに捨てられていたと店長たちが頭を悩ませていたはずの。






「葉山さんもバカじゃないでしょうから、いつかわかると思ってくれた。ありがとね」



 ピタリと「サトウ」さんからのブーケの依頼がなくなったのは、4月に入ってからだった。思えばそれは、紫璃と一つも言葉を交わさないと、きっと巷に知れ渡った頃。



「ふふ。わかる?」



 にやにやと薄く開いた口元は、ピンク色の艶で装飾されていて、今か今かと楽し気に口角を上げている。



「黄色いカーネーションに薔薇。リンドウに、ユリはオニユリっていうんでしょう? アザミノは置いてないのね。使えない花屋」



 そう吐き捨てた櫻庭の口から出た花の、どれも菜子の作ったブーケに入れられていたもの。サトウという名で注文されて、そのブーケもぼろぼろにして。




全てが悪い意味だけの花言葉を持つものではない、時には善良な意味が込められているものもある。




 しかしながら、こればかりは目を瞑れない。


黄色いカーネションの花言葉は軽蔑。黄色い薔薇は嫉妬。リンドウは悲しんでいるあなたが好き、オニユリは嫌悪……アザミノは、触れないで。

最も、安心とか満足とか。深い愛とか友情とか。
華やかな花にふさわしい、素敵な花言葉だって含まれているものだけど。



今に限っては、そうでないこと請け合いだ。







「……サトウさんじゃないじゃない。偽名使ったの?」

「偽名ってそんな大袈裟な。わかりやすい名前にしてあげようっていう心意気でしょ。にしても花ってくっさいよねえ。花の柔軟剤とかはいい匂いなのにね。葉山さんに似合ってていいけど」

 バカにされていることだけはわかる。それに、菜子に憎悪を向けていることも。

加えて櫻庭が紫璃を好いているということも。

ずいぶんと遠回しに破局を誘うものだけれど、狡猾だとは思わない。
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