意地悪な片思い

 戻ってきたオフィス内にいるのは、長嶋さんと数人の人だけで大半の人はすでに帰宅したようだった。

「長嶋さん。」
 名前を呼びながら彼の席に近づいていく。

「ん、もう終わった?」
 彼は厚手の灰色のコートを羽織い、もう帰り支度を始めていた。

「いえまだなんですけど…。」


ここで資料整理長引くって言ったら、
長嶋さん手伝うって言い出すよね…?


「すぐ終わるんですけどちょっと調べものあって長引きそうなので、今日はお先どうぞ!」

「あ、そう…?本当に大丈夫?」

「大丈夫です!」
 不安を感じさせないように私は微笑んだ。


「市田も残業組か~。
最後のさいご、市田に飲みいこうってねだろうと思ったのについてない。
今日は振られっ放しだ。」

「すみません。」
 冗談口調の長嶋さんに、私はくすくすと笑う。

「誰と飲みに行く予定だったんですか?」

「んー、」
 長嶋さんはパソコンの電源を切った。


「速水、はやみ。」

 プツンと切れる音が最後に鳴る。


「…あ、そうなんですね。」

「速水も残業なんだって全く。」
 長嶋さんの横目につられて私も振り返って速水さんの方を見た。

あ、本当まだ帰ってない。
それどころか隣には女の人がいて、彼女は速水さんのそばに寄り、体から向けて彼と談笑しているよう―――。


「あいつ、本当仕事かぁ?」
 渋る声が長嶋さんの口から洩れる。

「…。」

 女の人、木野さんだ。
スタイルよくておしゃれで、通り過ぎるとき決まっていい香りがする。

木野さんと仲いんだ。
その人は笑っているのか、肩が少し揺れていた。


「市田?」

「はい!」
 パッと振り返って長嶋さんに向き直る。

「熱心なのはいいことだけど早く帰れな、危ないから。
整理もそんな丁寧にしなくていいから。」

「大丈夫です、お疲れさまでした。」
 自然と笑みがこぼれる。

「じゃあ。」
 そういって去った彼の背を私は少し見ていた。
長嶋さんって本当優しい…そう思いながら。

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