婚前同居~イジワル御曹司とひとつ屋根の下~
「……忘れてください」

「なにを」

「樹さんの宝物になりたい、って」


ポツリとそう言うと、静かな視線を感じた。
私は肩を縮めて膝を抱え直す。


「やっと俺のこと諦める気になったとか?」


意地悪な言葉が返ってきて、私は黙って首を横に振った。


「言い直します。樹さん、私の宝物になってください」

「……はあ?」


呆れたような声が降ってきて、私は一度ギュッと目を閉じた。


頭の中で、昼間深雪さんに言われた言葉がグルグル回っている。


どんなに大事な人が出来ても、樹さんは手に入れることが許されない。
意志に関係なく与えられ、拒めないまま受け入れる物……彼の宝物は、その狭い枠の中にしかない。


なんの感情も湧かない物を、どうやって大事にしろと言うのか。
『宝物』は、彼を惑わせるものでしかない。
私はそんな物になりたいんじゃない。


「私は昔から大事なものたくさんありました。人も物も大好きなもの、ちゃんと大事に出来ます」


膝を抱える腕を解き、手に力を込めて拳を握り締めた。
黙って私を見ていた樹さんが、ハッと短い息を吐く。


「……深雪さんが登場したか」

「私、樹さんの言う通り打たれ強い人間だから、樹さんがどんなに意地悪でも大丈夫です。……樹さんのこと大好きだから、私一生宝物にしますから」
< 125 / 236 >

この作品をシェア

pagetop