お気に召すまま ゾンビっ☆
私には義理の妹がいる。
名前は里奈、私にとっては可愛くて仕方ない妹分であるが、とりたててどうということもない、ごく普通の娘だ。
私は父の弟であるおじに引き取られた養女で、しかも、ちょっと普通じゃないから……里奈のことがどれほど可愛くとも、お別れが近いことを知っている。
そう、きっと哀しい別れが、もうすぐ私たちを引き裂くから……
だから、私の苦悩は深い。


「里奈ぁ、また腕が取れちゃった〜」
寝室に駆け込んできた凛は、肩から外れた左腕を右手で振り回し、ニコニコと笑っていた。
だから里奈は大きなため息をつく。
「また、って……今度は何をしたのよ」
「んーとね、お母様のお手伝いしようとして、お米の入った袋を持ち上げたらね、こう、ポトリと……」
「腐敗が進んでいるんだから、重い物を持っちゃダメって言ったでしょ!」
「てへペロリン☆」
「ごまかさないで、次は気をつけなさいよね!」
そう言いながら里奈は、机の上にあった裁縫箱を手に取った。外れた腕を縫い付けてしまおうというのである。
かように凛はゾンビである。
彼女は数年前、両親とともに自動車事故にあった。両親は即死、彼女自身も全身を強く打って即死だった……はずなのに。
凛は死後すぐ、体の機能を取り戻した。心臓は停止しているというのに起き上がり、医者を驚かせたのだ。
その後、医者ではこの怪奇を処置できないということでこの家に引き取られ、養女として生活している。
里奈はこの義姉が嫌いではないが、普通ではない生活に少しばかり疲れてもいた。だからなのだ、きつい言葉を吐いてしまったのは。
「そもそもアンタ、いつになったら普通に死ぬのよ?」
「へ? 死ななくちゃダメ?」
「当たり前でしょ。死体が無理して動き回るから、こうして腕がとれるわ、首がとれるわなんだからね」
「そうねえ……」
凛は少し考え込む仕草を見せた。
「ありきたりではあるけど、心残りが消えたら死ねるかな」
「なによ、心残りって」
「あのね、あなたのクラスに山下くんっているじゃない? 私、死ぬ前から彼に恋してたの」
「山下くんって……」
里奈がうろたえる。それもそのはず、くだんの男子は里奈の意中の人でもあるのだ。
「や、山下くんって、あの山下くんよね?」
「他にウチの学年に山下くんはいないでしょ」
「こ、恋……なんて無理に決まってるでしょ、ゾンビのくせに!」
「あれあれ〜? なんでそんなにうろたえてるの〜? まさか、里奈ちゃんも山下くんが好きだとか?」
「ち、違うもん! ぜんっぜん好きなんかじゃないもん!」
「あー、良かった。じゃあ、安心してキューピットしてもらえるね♡」
「そ、そうね」
「あのね、私だってゾンビのくせに彼氏が欲しいとか、お嫁さんに行きたいとかじゃないのよ。ただ単純にね……デートしてみたい」
「山下くんと?」
「うん、山下くんと」
「ええ……それは……無理じゃないかな」
「無理? 無理ならいいのよ。私、ゾンビのまま、ずーっとこのお家に居座っちゃうから」
「ええ……ええええ……じゃ、じゃあ、デートしてくれるようにお願いしてみる」
「うん! 里奈ちゃん、愛してる♡」
凛は普通の女の子がよくするような仕草で、里奈に抱きつこうとした。しかし、左手は外れているのだから右腕だけ、おまけにその腕までもボタリと音を立ててもげた。
「あ、落っこっちゃった」
「『落っこっちゃった』じゃないわよ! 仕事を増やさないで!」
「うん、じゃあ、指切りしてくれたらおとなしくする!」
「指切りって、どうやって?」
凛は落ちた自分の腕を咥えあげ、指先を里奈に差し向けた。
「ちゃんと山下くんにデートのお願いしてくれるって、約束げんまん」
「はいはい」
少し皮膚の剥がれた指に小指を絡ませて、里奈は深く、深く沈み込むようなため息を吐くのだった。

さて、次の休日は快晴。
山下くんとの交渉の結果だが、ゾンビの心残りを祓う、つまり人助けだということで快諾された。
だから凛は朝からご機嫌で、家中の洋服を引っ張り出す勢いでお着替えショーをしているのだ。
「ねえねえ、里奈ちゃん、このピンクのワンピースとか、どうかな?」
「あー、はいはい、血の気のない肌の色によく映えてお似合いですよ」
「じゃあ、これにしようかな」
ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。山下くんがお迎えに来てくれたのだ。
「わ、わ、どうしよう、まだ着替え終わってないから、代わりに出て!」
しぶしぶ玄関を開けた里奈は、自分の片恋の相手が少しおしゃれしていることに落胆した。
だから思いっきりのふくれっ面である。
「なあに、まだ約束の時間には早いんじゃないの?」
山下くんは……さっぱりと清潔なポロシャツに洗いざらしのジーンズという清潔感溢れるファッションなのだが、さらに人間性まで清潔に感じるほどの曇りない笑顔を里奈に向けた。
「いや、デートの前にいろいろ聞いておきたくてさ」
「あー、凛は普通の女の子じゃないからね、注意事項は多いわよ」
「あー、そっちじゃなくてさ」
山下くんは耳の後ろをガリガリと掻いた。
「あの……さ」
「なによ」
「もしも、このデートで凛ちゃんを成仏させることができたら……俺にご褒美くれない?」
「なによ、ご褒美って」
「あー、そのー、あのさ……」
山下くんは真っ赤になるほど上気して、もじもじと手の指を擦り合わせている。しかし、里奈は容赦ない。
「さっさと言いなさいよ。それとも、何かとんでもないものが欲しいの?」
「いや、そんな、とんでもないというか、ぶっ飛んでるというか……」
「わかったわよ。私にできることならなんでもしてあげる」
「ふぉお? なんでも?!」
その時、着替えを終えて降りてきた凛が里奈の肩を叩いた。
「だめよ、女の子が『なんでも』なんて約束しちゃ」
「いいのよ。アンタがきちんと成仏できるなら、何を代償にしても安いものだわ」
「あのね、里奈ちゃん……」
凛が少し悲しそうに眉根を寄せた。
「私のこと、そんなに嫌い?」
「嫌いとか好きじゃないわよ。アンタはもう死んでるんだから、本来あるべきところに行った方がいいと思ってるだけよ」
「それは確かに。でもね、そうしたら里奈ちゃんとはお別れなのよ?」
「それでも私は、これ以上アンタがボロボロになっていく姿なんか……」
はっと口を塞いで、里奈は凛を玄関先に押し出す。
「いいから、さっさと行きなさいよ! デート、楽しんでらっしゃい!」
バタン、と乱暴にドアを閉めた後で、里奈はサングラスを取り出した。
「さて、こちらも行動開始ね」
もちろん、ついてゆくつもりなのだ。これは凛を満足させるため、成仏させるためのデート、一つの不備もないようにサポートするには、ついていくしかないではないか。
「でも、いいな、山下くんとデート……」
ポソリと溢れた本音をサングラスで隠して、里奈は裏口へと向かった。
全ては凛のため、彼女の『お気に召すまま』なデートを演出するために。
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