お気に召すまま ゾンビっ☆
 悲鳴を浴びながら表へ出た凜は、濁りきった白目をぐるぐると回して里奈の姿を探す。
 それは山下くんに手を引かれて、ちょうど人気のない裏通りへ入っていこうとしているところだった。

 店の通用口に挟まれた裏小路の隅っこに座り込んで、里奈はひざを抱えて震えていた。
「山下くんも逃げて、凛の目的は私なんだから、一緒にいたら巻きこまれるわよ」
 弱気な口をきく里奈に対し、山下くんはいささかも怯みはしない。
「好きで巻きこまれているんだ。気にしなくていい」
 手近に落ちていた鉄パイプを拾い上げて、剣道の要領で振ってみせる。
「よし」
 その腕に里奈が取りすがった。
「やめて、凛にひどいことしないで!」
「じゃあ君は、あいつに大人しく食われてやるつもりなのか?」
「うう……そうじゃない、でも、あれは凜だから……」
「いいかげんに目を覚ませ!」
 山下くんは、いつ煮なく真剣な表情であった。
「いいか、キミが大事にしている凛はもういないんだ。哀しいことだけど、彼女は死んで蘇ったその瞬間から、すでに人間ではないモノに変質してしまっていたんだよ」
「うううう、それでも、凜だもん」
「じゃあ聞くけど、死ぬ前の彼女は手が取れたり、体が腐っていたり、生肉を貪り食うような人物だったのか? 違うだろう?」
「違うけど、けど……昨日まではふつうの凛だった!」
「知ってる。だから俺も君の大事なイトコとして接してきたんだ。でも、今の彼女は君を傷つけようとしているただのバケモノだから……もう容赦はしない」
「どうして……山下くんは、もっと優しい人だと思ってた」
「優しくなんかないよ」
「優しかったよ、山下君はいつだって!」
 そう叫んだ里奈の唇は、壁のように立ちはだかった彼が落とした唇でふさがれた。
「ん、んむ~!」
 胸元を押し返す細い手を払いのけて、彼は里奈の肩をかかえこむ。キスはさらに深くなった。
「ふ……む……」
 必死に鼻から呼吸を逃す、不慣れなキス。それを唐突に手放して、彼はふいと顔を背ける。
「これでわかっただろ、俺は優しくなんかない。もっとひどいことを君にしたいと思っているような男なんだ」
 有無を言わせず里奈の体を抱き寄せて、彼はうめくようなかすれ声で続けた。
「ひどい男だから、君を守るためなら、他のモノはどうでもいい」
「山下くん……」
「お願いだ、君を守らせてくれ」
 彼がその返事を待つ間もあたえず、ぺたり、ぺたりと不穏な足音が響く。
「……来たか」
 そのゾンビは両手を突き出し、引きずるような足取りでまっすぐに里奈に向かっていた。
 無駄だと知りつつも、彼女は声の限りに叫ぶ。
「お願い、凛! もとの優しい凛に戻って!」
 しかし、それもむなしいばかりだ。ゾンビはいささかも動じることなく、濁った瞳に何かが映ることさえなかった。
「うあう~」
 ただ体を揺らして進む。
「里奈! 目を閉じてろっ!」
 山下くんの一喝、そして、とてつもなく不快なグシャリという音……次に里奈が目を開けたときには、凛の首はアスファルトの上に転がり、首を失った体は伏してピクリとも動かなくなっていた。
「凛……りんっ!」
 おろおろと頬をかきむしり、とめどなく涙を流す里奈を抱き寄せて、山下くんがつぶやく。
「……ごめん」
「ううん、ちがう、違うの、凜はもう凛じゃなかったってわかってる。山下くんは悪くないの、でも、でも……」
「あのさ、君の気持ちが落ち着くまで、俺がそばにいてもいいかな……あのイトコの変わりに歯慣れないかも知れないけれど、君のいちばんそばに……行きたい」
「山下くん……」
 差し伸べあう腕と腕、触れ合う唇と唇、そして閉じられる眼……

「はい、カッ~ト!」
 映画監督さながらの大声に驚いて振り向けば、凛が叩き落された首をカチンコのように掲げて仁王立ちしていた。
「はい、離れて、山下くん、離れて!」
 彼の腕から里奈を奪い返して、凛の首が渋面を作る。
「ん~、違うのよね、もっとこう……一生キミを離さない、みたいなのがないと、安心して里奈ちゃんを任せられないのよね」
「え? え?」
「でも、さっきの『君だけを守りたい』は良かったゾ、うん、ちょっと感動しちゃった」
「えええええ~!」
「なによ、そんな大声出して」
 里奈が凛の肩を掴んでガクガクと揺する。
「え? さっきのは芝居?」
「ちょっと里奈ちゃん、あんまり揺すらないで、首が取れてるんだから」
「だましたの? 私をだましたの?」
「だましたっていうか、後押し? ああでもしないと、あんたたち、告白しそうにないんだもん」
「うっわ~! むかつくっ! ゾンビ様は何でもお見通しですか!」
「そうよ」
 凛の首が、急に小声でつぶやいた。
「自分がもうすぐ朽ち果てることも、お見通しなのよ」
「え? なに?」
「なんでもな~い」
 凜はまるでカバンでも持つかのような気軽さで、自分の首を小脇に抱えた。
「あ~あ、まだまだ私は死ねないわ~、本当の心残りが解決しないんだもの」
「なによ、本当の心残りって!」
「んふ~、おっしえな~い」
 ぽかんと口を開けて立ち尽くしている山下くんをよそに、二人の少女は肩を寄せ合ってクツクツと笑う。まるきりいつもどおりの、なごやかな表情で。
 狭い裏小路に、華やかな笑い声が咲くように散らばってゆくのだった。
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