どん底女と救世主。




「え、深山課長ってまだ独身だったよな?」

「…ですよね?」


後ろの席から聞こえてくるひそひそ声。


当の課長は、聞こえてるか聞こえてないかは分からないけど、無表情で私の作ったお弁当を淡々と食べ進めている。


この触れるな危険、の状態の中、声を上げたのは新人の中田君だった。


「お、お弁当おいしそうですね。…課長が作られたんですか?」


恐る恐る、そう聞いた中田君。


ーーうわ、聞いた…。


きっと今、課員の心は一つだ。


どうやら指導係りの濱下主任に聞くよう命じられたらしく、こうさぎのようにプルプル震えている中田君は、後方に居る濱下さんの方をちらちらと何度も見ていた。

一方、体育会系熱血上司の濱下さんは『行け!中田』と口パクでエールを送っている。


ここに居る一課全員がドキドキと課長の答えを待つ中、私だけが異質の緊張を味わっていた。


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