死は始まりなのだと彼等は言う
眩しいと感じて目を開くと、 またあの真っ白な部屋だった。しかし、そこに居たのはヨルではなく、違う天使の姿だった。その天使はヨルと違って、なんだか近寄り難い雰囲気をただよわせていた。位が違うというか、もっと皇貴な感じだ。

「あ……あの……。」

「……。」

恐らく男性であろう彼は、黙って俺の方へ振り返った。銀髪の長い髪が揺れてきらめく。澄んだ海のような美しいブルーの瞳が、俺の顔を捉えた。後ろ姿からも分かる、凛とした姿の、とても美しい天使だ。

「っ……ぁ……。」

あまりの美しさに声が出なかった。言葉を失うとはこのことだろう。彼を目の前にして、無駄口を聞くことは出来ない。彼の雰囲気がそうさせるのだ。彼のしなやかな手が、指が、俺の顔に触れる。髪色と同じ長いまつ毛が、まばたきでキラキラと輝く。

「ふむ……どうやら異常はないようだ。成功しているようだ。全てが正常に機能しているみたいだな。」

彼の美しい容姿とは逆に、淫妖で低い、ハスキーな声が紡がれる。軽く微笑んだその顔に釘付けになってしまうほど美しい天使だ。

「っ……。」

「……なんだ?俺の顔になにか……?」

「いっ……いえ、なにもっ……ただ、あなたがあまりにもっ……美しくて……。」

『ヨルさんもすっごく綺麗だけどこの人、いやこの天使は……桁違いだ……。』

彼の前では何もかも正直になってしまう。抗えないのだ。彼はポカンと口を開けるが、数秒後、クスッと笑うと目を伏せた。

「美しい、か……嬉しいことを言ってくれるな。」

彼の顔をよく見ると、少し頬が赤みを帯びている。

『天使も……照れるんだ……。』

「そうだ、まだ名前を言ってなかったな。俺はケルビムのアランだ。日本語で言うと、智天使と言う役職?のようなものだ。どうぞよろしく。」

「アラン……さん。」

先ほどの凛とした雰囲気はどこかへ消え、和やかな雰囲気となったアラン。ハの字に垂れた眉に、緩んだ口元がなんとも可愛らしく見える。少し失礼かもしれないが、優しいお年寄りと話している気分だ。

「おぉ、さんなどと付けないでいい。堅苦しいのは嫌いでな。敬語も使わんでいいから、どうかアランと呼んでくれ。」

「あ……あの、さ……今日は、アランが担当なの?」

「ん?担当……あぁ、そのことか。それは違うぞ。」

「え。」

「担当は、ヨルのまま変わらん。上からの指示がない限りは、慎也の担当は変わらんのだ。今日俺は、ここに遊びに来ただけだ。」

『あ……遊びにって……。』

どこか抜けている彼の様子を見て少し緊張が解れた。人間味のあるその対応に、ホッとした。初めてヨルと会って話したとき感じたのは、人間らしくないなにかを感じた。言ってしまえば、まるで機械と話しているようだった。感情が薄いと言うか、人の真似をしているように感じたのだ。しかし、アランは違った。

「アランってなんか……人間みたいだ。」

「ほぅ?人みたいとな。なかなか鋭いじゃあないか。」

「鋭い……というと?」

「俺は何度か人間界へ降りているのでな。人らしいと感じるのはそのせいだろう。監視を兼ねて、人間界へバカンスに行くこともよくあるのでな。下の位の天使よりも感情が豊かなのだ。」

はっはっはと軽やかに笑いながら話す彼から感じたのは、本当に人間が好きなんだなということ。友好的なその雰囲気に、こちらも少しリラックスできた。

「お、もうすぐヨルがこちらに到着するようだな。短い時間だったが楽しかったぞ遠ノ江君。ではまた。」

「あ、あぁ……また……。」

彼はドアの方に向かうが、あ!と声を出し歩みを止めた。

「そうそう、忘れとった。渡さないといけないものがあったのだな。」

「え?……渡すもの?」

彼は再びこちらに来ると、今度はもっと近くに来た。

「ヨルが来る前に手短に済ませる。だから、理由など多く分からんことがあるだろうが……あまり深くは考えないでおくれ。」

「ど……どういうこと……?」

「まず、これだ。これを肌身離さずに持つこと。」

手渡されたのは、十字架のネックレスだった。質素なものではあるが、よく見ると十字架の表面にはとても細かく文字が刻まれているのが分かる。明らかにその字は、俺が知っている言語ではなかった。

「わ、分かった。付ければいいんだね。」

それを首からかけると、キィン……と高い音が聞こえた気がした。柔らかく不快に感じない優しい音だった。

「……うむ、効果はまずまずだな。」

「え、なにが……?」

「そして次だ。」

「えっ?は、はいっ……!」

間髪入れずに俺の言葉を遮ると、俺の顎を優しく持ち上げ、ほとんどゼロ距離と言うくらい顔を近づけた。

「これからすることを、不快に思うかもしれんが……許せ。」

「えっ……。」

先程まで緩んでいた顔が引き締まり、声のトーンも下がった。一体何をされるのだろうと思うと、彼は目を細めて言った。

「……口を開けろ。」

「っ……。」

少し威圧的な低い声に鳥肌が立つ。言われるがまま口を開くと、彼は目を閉じ、俺と口を重ねた。

「っ!?……んぅ、ぁ……っ……んっ……!」

「っ……ふっ……ん……。」

何が起こっているか理解出来なかった。アランは舌を絡ませ、俺と濃厚なキスをしている。彼の熱い舌が、ねっとりと俺の口内を這い、唾液がたらりと唇からこぼれる。甘美な刺激が脳を溶かし、自然と彼の服を引っ張る。俺のファーストキス、人生初の接吻の相手は、天界に住む天使のアラン(男)となった。

「っ……ん、ふっ……んくっ……んんっ……!」

長い長いキスは、男の俺でさえも魅了するほど上手くて、甘くて、そして背徳的だった。骨を抜かれたように力が入らなくなるほどの腕前。口を離さぬように後ろから優しく頭を抱くように添え、服を掴んだ震える俺の手を包み込むように握ってくれる。もし俺が女だったら、その素晴らしいテクニックと美しさと人望のある彼に、あっという間に恋に落ちてしまうだろう。

「ふっ……ん、っ……ぷはぁっ、はぁっ……はぁっ……は、ぁ……っ……。」

「っ……はぁ……ふふっ……これで、渡すものは渡したぞ。」

ちゅぱっと口が離れると、親指で唇をなぞり、指の腹を舌で舐める姿は、惚れ惚れしてしまうほどに男前だった。俺はすっかり腰が抜け、急に溢れ出した熱に頭がボーっとした。アランの手にくったりと座らない首を、頭を支えられ、火照った頬や潤んだ瞳を感じながら彼を見る。彼もまた、少し高揚しているように見えた。

「現世に戻ったら、少し違和感があるかもしれん。だが、必ず効果があるはずだ。それと……素敵なキスを、ごちそうさま。」

「っ……!」

顎を持ち上げ、親指でかさついた俺の唇をスっと撫でると、踵を返して部屋から出ていった。
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