もしもの恋となのにの恋
嫌な女
私は今まで何回、秋人に『馬鹿』と言われただろう?
それでも今日の秋人の『馬鹿』は傷付いた・・・。
それだけ秋人は本気で私のことを『馬鹿』と言ったのだ。
まあそれは私が悪いのだけれど・・・。
それでも傷付く気持ちは私にもある。
そんなことを考えている時だった・・・。

「千鶴(ちづる)、元気ないね?・・・どうしたの?」
リビングのソファーから声をかけてきてくれた司(つかさ)は少しやつれた表情をしていた。
そんな司に私はぎこちない笑みを投げかけ、首を横に振った。
「・・・何でもないよ?・・・大丈夫」
そう言った私を司は静かに見つめ見た。
私を見つめる司の目は本当に優しかった。
けれど、それが少し、本当に少しだけ煩わしかった・・・。
「千鶴の『大丈夫』は『大丈夫』じゃない。それに、千鶴に何かあったことくらい俺にだってわかるよ。だって俺、千鶴の彼氏だもん」
司はにこやかにそう言うとリビングのソファーからそろそろと立ち上がり、キッチンに立っている私の元へとやって来てくれた。
「何を作ってるの?」
そう訊ねてきた司はフライパンに入れられた合い挽きミンチと微塵切りの人参、玉ねぎを子供のような目で興味深そうに見つめていた。
「・・・あなたの好きなもの」
意地悪で私はそんなことを言ってみる。
司は私の言葉に「えー?」と声を発すると苦く笑い、真剣な面持ちで今晩の夕食メニューの推理へと取りかかった。
司は本当に子供っぽい・・・。
だから、好き。
けれど、時々、本当に時々、その純真さが疎ましい・・・。
どろどろに汚してやりたいと思う時さえある。
私は司の彼女に相応しくない・・・。
そんなこと、わかっている。
けれど、それでも私は司のことが好きで離れたくない。
私は傲慢で強欲な人間だ・・・。
「・・・オムレツ?」
司の答えに私は首をそろそろと横に振り、先程までの思考を殺すように笑んでみた。
本当に私は嫌な女だ・・・。
「えー?違うの?自信、あったのになー。・・・あ!わかった!」
わかったんだ・・・。
私は笑みを濃くし、司の自信満々な答えをゆっくりと待った。
もしも司のその答えが違っていたらなんとかして司の答えたメニューにしてあげよう。
私はそう思い、そう決めた。
「キーマカレー!」
司の嬉々とした答えに私は大きく頷いて『大正解!』と声を発した。
ご名答だ。
今晩の夕食のメニューは司の大好きなキーマカレーにした。
最近、司は残業続きで疲れている。
その疲れを少しでも癒せればと思い、少し手間のかかるキーマカレーにしてみたのだ。
「ヤッター!ありがとう、千鶴!」
そう言って子供のように大喜びをする司を私は羨ましくも微笑ましくも思った。
本当に司は純真だ。
「司は大袈裟だよ。ただのキーマカレーだよ?」
私の言葉に司はニコニコしながら『違う』と首を横に振った。
私はそれに小首を傾げるしかなかった。
「大好きな人が心を込めて作ってくれたものを『ただの』なんて言わないよ。本当に俺は千鶴のことが好きなんだ。だから、そんな悲しいこと言わないでよ」
本当に司は・・・。
「・・・わかった。・・・ごめんね?それと、ありがとう」
私の返答に司は満足気に微笑んで頷いた。
「・・・あのね、司」
私は一呼吸置き、キーマカレーの具材を載せたフライパンに火を点けた。
「うん?何?」
ジュボッというガスコンロの点火音と共に司は優しい声でそう訊ねてきてくれた。
まるでガスコンロがしゃべったみたいにそのタイミングが合っていたのが無性に面白かった。
司はわかっている。
私が何を言おうとしているのかを・・・。
「・・・私って馬鹿なのかな?」
プッ・・・。
「・・・何で笑うのよ!」
私は隣でふつふつと肩を震わせる司を半ば本気でねめつけた。
そんなに笑うこと、ないじゃない・・・。
「ああ、ごめん、ごめん」
司はそう言うと私をそっと後ろから抱きしめ、私の頭を優しく大きな手で撫で付けた。
少しの間、私の息が止まる・・・。
「・・・秋人にそう言われたんでしょ?それも、酷い言い方で・・・」
司の言葉に私は黙って頷いた。
司はそんな私を「いいコ」と言って更に私の頭を撫で付けた。
一体、私のどこが『いいコ』なのだろう?
「秋人は・・・千鶴のことが心配なんだよ。・・・傷付いて欲しくないんだ。まあ、それは俺も同じだけれどね」
司はそう言うと一瞬だけ私を抱きしめる腕に力を上乗せて、ゆっくりと私を手放した。
・・・わかっている。
私は司のモノだ。
私はゆっくりと離れていく司を捕まえ、そのまま司の唇を奪ってやった。
不意に唇を奪われた司はほんの一瞬だけキョトンとした表情をしていた。
嗚呼、本当に私は嫌な女だ・・・。

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