もしもの恋となのにの恋

「・・・秋人」
帰り際、校門の前で俺は夏喜に呼び止められた。
夏喜は少しやつれた表情で苦く微笑んだ。
「・・・何?」
俺は無愛想にそう訊ねて小さな溜め息を吐き出した。
しぶとく生き残っている蝉の鳴き声が妙に勘に障る。
「千鶴のことなんだけれど・・・ちょっといい?」
夏喜の言葉に俺の心臓はドクンと高鳴った。
嫌な報告だろうか?
それとも・・・。
「・・・うん。・・・何?」
逸る気持ちを何とか押さえつけ冷静を装ってみる。
そんな俺の心情など夏喜は知りもしないだろう・・・。
きっと忍や千鶴ならその俺の心情にいち早く気づくだろう。
それだけ俺と忍と千鶴の間柄は深かった。
だが、俺と夏喜の間柄は明らかに浅い・・・。
「千鶴・・・毎晩、あの海に行ってるみたいなの・・・」
夏喜の言葉に俺は瞬いた。
・・・毎晩?
あの海に・・・?
一体、何をしに?
・・・そんなこと、わかっている。
「・・・そう。・・・わかった。・・・ありがとう」
俺は一方的にそう言ってその場を逃げるようにあとにした。
いや、俺はその場から逃げ去った。
そこから逃げ去った俺は学校から程近い公園のトイレに駆け込んだ。
そこで俺は胃の中の内容物を全て吐き出した。
あの蒼白い忍のようなモノを思い出すたびに俺は強烈な吐き気に襲われる。
あれは忍じゃない・・・。
何度もそう自分に言い聞かせても今のところそれに効果はない。
忍はもういない・・・。
そう思うと更に吐き気は増す・・・。
胃の中の内容物を全てなくした俺はフラフラしながら外に出て熱のこもった空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
少し、気持ちが落ち着いた。
そんな気がした・・・。
千鶴の家に行こうか・・・。
そう思うもやめた。
行くなら海の方だ。
今夜、あの海に行ってみよう・・・。
俺はそう心に決め、その公園をあとにした。
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