もしもの恋となのにの恋
想う
トクン、トクン・・・。
その心音は俺のものだろうか?
それとも・・・千鶴のものだろうか?
俺は千鶴を抱きしめながらその落ち着く音に聞き入っていた。
そんな時だった・・・。
千鶴がゆっくりと俺の背中に手を回してきたのは・・・。
千鶴の匂いがする・・・。
千鶴の息遣いがわかる・・・。
千鶴の心音が聞こえる・・・。
千鶴の体温がわかる・・・。
「・・・秋人、ごめんね」
千鶴は俺に謝った。
けれど、何に対して謝られたのかわからない・・・。
看病してもらったことだろうか?
それとも急に泣きだしたことだろうか?
それとも・・・。
考えれば考えるほどなぜ謝られたのかわからない俺は本当に馬鹿だ。
「・・・謝るなよ」
俺はそう言って千鶴を更にきつく抱きしめた。
千鶴も辛いんだ・・・。
そう思うと無意識の内に力が入った。
そして、俺を抱きしめる千鶴の腕にも力が入った。
今、俺が抱きしめている千鶴はあの頃よりも大きく、力強くなっていた。
そんなこと、当たり前だ。
中学生の女子生徒から成人の女性になったのだから・・・。
それは本当に当たり前のことなのかも知れないが、それは俺に過ぎ去った『時』を無条件に突き付けてきた。
けれど、いくら時が過ぎ去ってもいくら大人になっても変わらないものもいくつもある。
俺は俺で千鶴は千鶴だ。
俺と千鶴は無言のまま抱きしめ合っていた。
俺と千鶴は恋人同士じゃない・・・。
なのにこうして抱きしめ合って支え合っている。


俺と千鶴は一体、どのくらいの時間そうして無言で抱きしめ合っていただろう?
千鶴はいつの間にか泣き止んでいた。
それでも俺は千鶴を強く抱きしめ続けていた。
暖かい・・・。
俺は千鶴のその体温にほっとさせられていた。
そんな俺の首元に千鶴がそろそろと顔を埋め込んでくる。
そうすると千鶴の匂いが濃くなった。
俺と千鶴は恋人同士じゃない・・・。
なのに・・・だ。
なのに俺はそんな千鶴を愛しく思ってしてしまっている・・・。
それも千鶴には宮原さんがいるのに・・・だ。
そして、俺には夏喜が・・・。
俺と夏喜はあの水族館デートで恋人同士になった。
けれど、俺の気持ちは夏喜などに向いてはいない・・・。
俺は夏喜に復讐する気だ・・・。
そんなこと、千鶴が知ったらどうするだろうか?
千鶴はそんな俺を許してくれるだろうか?
・・・許してくれるわけがない。
だが、それでもいい・・・。
そんな思いが不意に頭を掠めた・・・。
それでもいい・・・。
なのに・・・だ。
なのに俺は千鶴と抱きしめ合って離れようとしない。
それどころかもっと千鶴と密着していたいとさえ思っている・・・。
それはいけないことだとわかっている。
なのに・・・だ。
千鶴は俺の髪を何度も何度も撫で付けた。
それに俺は困惑しつつも確かに欲情しはじめていた・・・。
千鶴が欲しい・・・。
千鶴を自分のモノにしたい・・・。
ずっとずっと心の内に秘めていた思いが破裂しそうなほど膨張していく・・・。
「・・・千鶴?」
あえて落ち着いた声を出してみる。
そうしないと俺自身がまずいと思った・・・。
このままではいけない・・・。
「・・・千鶴、離れよう」
俺はそう言うとすぐに千鶴を手放した。
だが、千鶴は俺を手放さなかった・・・。
それどころか千鶴はもっと俺を強く抱きしめた。
放したくない・・・。
離れたくない・・・。
心の底からそう思っているかのように・・・。
俺は傲慢で強欲な人間だ・・・。
そして、俺は本当に嫌な男だ・・・。
俺は千鶴のその行動に期待してしまっている・・・。
「・・・千鶴、どうしたの?」
千鶴にそう聞いてみる。
期待なんかするな・・・。
そう心の内で呟いた。
「・・・離れたくない」
千鶴は子供のようにそう言って、更に強く俺に抱きついた。
トクン・・・トクン・・・という千鶴の優しい心音が微かに聞こえた。
本当に心音は落ち着く音だ・・・。
「・・・それは・・・どうして?」
俺は千鶴を試すことにした。
今夜はどうも落ち着かない・・・。
「・・・秋人のことが・・・好きだから・・・」
千鶴のその言葉を聞いて俺はくつくつと笑いだした。
期待なんかするもんじゃないな・・・。
俺は心の内でそう呟き、千鶴をベッドの上に押し倒した・・・。
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